北欧の人づくり研究会 まとめレポート
株式会社ヒューマンバリューでは、2012年6月から9月まで北欧の人づくり研究会第一部を全6会合開催し、北欧に関する有識者・北欧企業にお勤めの方を招いて講演をしていただき、参加メンバーとダイアログを行った。また2012年9月30日から10月8日にかけて、北欧の人づくり研究会第二部として、デンマーク、フィンランド、スウェーデンの社会人教育にかかわる施設を訪問し、ストックホルムにおいては企業の組織開発・人材開発についてのミニカンファレンスを開催した。
今回の北欧の人づくり研究会のねらいは、これからの日本の組織開発・人材開発の方向性を考えるうえで、北欧のあり方を日本の鏡として、異なる視点からのリフレクションを行うというものである。
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日本の企業における人づくりの思想的な変遷を概観してみると、1980年ごろまでは日本的経営としての独自性のある人づくりを行ってきたが、1990年からの20年間はグローバル化とIT化などの影響を受けて米国流の理論・方法論を取り入れることが多くなってきた。しかし、いま企業の存在がサスティナブルな社会や文化への貢献が要請されるとき、現在の思想や理論を見直し、新しいあり方を探っていかなければならないと感じられる。
今回の研究会では、こうした問題意識に共感してくださってご参加いただいた人材開発の専門家の方々とダイアログを行い、また現地を巡って感想を共有したことで、大きな学びを得ることができた。
目次
・北欧の人づくり研究会を通して、参加者のみなさんが気づいたこと
・実験国家の事例として:マインドラボ
・競争力の基盤づくりと社会保障としての両面から人材育成を図るオムニア
・すべての人に学びのきっかけを提供する成人教育センター(フィンランド)
・できることからイノベーションを続けている、フィンランドのセッロ図書館
・ストックホルム商科大学での集合的能力の研究
・金融業界の常識を覆す人事イノベーションを行ったスウェド銀行
・IKEA:ビジョン・バリューの重視と徹底した合理性の追求
・エリクソン:スウェーデンを代表する企業の核にある「コンセンサス重視」「オープン&フラット」「革新的&戦略的」のカルチャー
・Deloitte Sweden(デロイト・スウェーデン):ビジネスをサポートするHRの役割
・雑誌編集長に聞いたスウェーデンのHRに関するトレンド
北欧の人づくり研究会を通して、参加者のみなさんが気づいたこと
・北欧について学習する前は、高福祉の「人にやさしい国」で、国民も幸せではあるが税金の負担が高いといった印象をもっていた。しかし、北欧諸国は、最近では先進国の中でも最も高いGDPの成長率を示し、財政面でも健全性が高いといった経済面での強さもある。またITの普及状態でも、イノベーション、教育といった分野でも高い競争力があることが分かった。
・そして、政策面でも絶え間ないイノベーションを行っていく実験国家としての姿が浮かび上がってきた。
・また、環境やエネルギーなどの人類共通の問題に対しても、未来を見据えて倫理的で合理的な理論と判断に基づくモデルを構築し、世界に先駆けた取り組みを行っている。
・このように財政、税金、教育、医療、少子化問題、年金などの解決が難しい問題について、イノベーションを継続してこられた背景は何なのかに疑問をもたざるを得ない。
・その理由としては、日本の県ほどの人口しかいない小さな国だからできたのだということがあるだろう。しかし、そうしたイノベーションを生み出していくプロセスは、どの国でも取り入れることは可能だと思われる。
・このようなイノベーションを生み出す取り組みには特徴がいくつかある。
・一つはシステム思考のように全体を構成する要因の影響関係をとらえて、政策を立案することである。さまざまな制度や政策はお互いがリンクし合っている。そしてそれぞれに阻害要因がある。こういった影響関係の中でインセンティブやレバレッジを押さえて政策を立案し、それを仮説検証して修正していくことを行っている。
・そこでは、福祉か経済成長かのどちらを選ぶのかというような短絡的な思考ではなく、未来のありたい状態からのバックキャスティングによる合理性と効率性に基づく判断が行われる。
・政府や市民間の情報の透明性が高い。地方分権により、行政の行っていることが見える化されており、政治家がボランティアで合理的に理論をもとに政治を行っていることなどから、政治に対する市民の信頼が厚い。
・多くのステークホルダーが参加した話し合いが徹底して行われ、合意に基づく決定が行われている。
・行政でも企業でも階層はあるものの、その壁は存在しないくらいに薄い
・少ない人口、資源も乏しい中で、国民の危機感の共有による「国民の家」といった連帯意識の強さがある。
・それでいて自立した強い個人主義に立脚している。
・社会保障制度を維持していくために、企業の国際競争力の基盤を強化する政策を実施している。
・そして税収を増やし、競争力を高め、人権を守るために、女性の活用や職業訓練・教育など人材能力の強化に注力している。
こういった感想がどういったところを見て出てきたのか、具体的な例を紹介していきたい。
実験国家の事例として:マインドラボ
北欧諸国が実験国家であることの好事例がデンマークのフューチャーセンターとして著名なマインドラボ(MindLab)だろう。
フューチャーセンターとは、企業やパブリックセクターがより良い未来を生み出すために、ステークホルダーの参加と対話を通して、戦略や政策を検討し、具体的な解決策やアイデアを生み出し、協働して実践を図るための場である。
私たちは、北欧ツアーの初日にマインドラボを訪問した。
マインドラボでは、現在の市民の生活向上のための問題解決を図っているせいか、自分たちのことをフューチャーセンターとは言っていない。しかし、そのもとになっている思想や活用している方法論は、フューチャーセンターの見本として大変参考になり、また、現在の組織開発の方法論としても学ぶべき点が多かった。
マインドラボの概要
マインドラボでは、Deputy directorのKit Lykketoft氏から詳しい説明を聞いた。
デンマークの首都コペンハーゲンにあるマインドラボは、2006年に政府の商務・成長省(Ministry of Economic and Business Affairs) 、税務省(Ministry of Taxation) 、雇用省( Ministry of Employment )の3つの省がスポンサーになって、政策立案者や職員が市民の視点から、より良いアイデアのソリューションを3つの省が協力して作成するためのプラットフォームとして実験的に創設された。
なぜこの3つの省だけがスポンサーになっているかというと、マインドラボの組織は規模が小さいので、これ以上の数の省をスポンサーにして運営に発言権をもつと、運営がうまくいかなくなると判断されるからだそうだ。
マインドラボは戦略的な働きをするイノベーション・ユニットであり、創造性、革新性、コラボレーションを呼び起こすための物理的な空間でもある。
マインドラボが扱うテーマは、デンマーク人の毎日の生活に影響するデジタルなセルフサービスや市民の権利、雇用サービスや職場の安全性など、幅広いエリアをカバーしている。
年間に大きなテーマを2から3つ、細かいテーマを5つぐらい取り組んでいるそうで、取り組みのテーマは3つの省からのオーダーによって決められる。
このマインドラボを運営しているのは、専属のコアスタッフが7人と意外に少ない。それ以外にはインターン、学生が手伝っており、政府からも1年間派遣の人がきてプロジェクトの手伝いをするという。
マインドラボの上部組織には、この取り組みを見るセクレタリアト(事務局)があり、さらにそのうえに意志決定機関としてBoard of Directorsがある。そこには3つの省から1人ずつDirectorが出ており、それに加えて企業・学会などから4人の外部Directorが選出されている。
マインドラボのスキルセット
マインドラボの施設は普通のビルの1階にあり、中に入ると楕円の球体型のミーティングスペースなどが目を引いた。狭いスペースを柔軟に活用できるようにカーテンで区切れる会議スペースや、オープンな雰囲気の仕事スペースがあるが、それほど凝ったデザインではなく、合理的で居心地の良さに配慮されている印象だった。
施設も特徴的だが、学ぶべきものはその理論と方法論である。
スッタフたちは、政治学や公共哲学などの理解と、さらに、共通のスキルとしてソーシャルリサーチとデザイン思考の理論と方法を習得して、それを活用しながらプロジェクトを進めている。
エスノグラフィック・アプローチ
マインドラボが活用しているソーシャルリサーチの方法の一つがエスノグラフィ(ethnography)である。エスノグラフィという言葉は、研究のプロダクトとしての民族誌という意味とフィールドワークも含んだ調査研究のプロセスという意味がある。
エスノグラフィとは、人々が実際に生活している現場を理解するための方法論である。人間やその心、社会などについて、数字による量的なデータではなく、言葉や映像などの質的なデータを用いて、社会的なその文脈を含めて研究していく質的研究方法論Qualitative (ethnographic) researchの代表的なアプローチである。
マインドラボでは、このエスノグラフィック・アプローチを用いて、人々が実際に何かを行っている現場に出かけていき、内側に入ってその人々と交流し、現場経験を言葉にして概念化して分析するということを行っている。具体的な手法については、その状況に合わせて生成しているので、決まった仕様はないそうだ。
マインドラボでは、政策の検討者やステークホルダーが、その現場をイメージできるように写真、ビデオ、音声などを駆使して、現場をマルチメディアで捉えて、それをもち帰ってみなで観察し分析するということを行っている。
デザイン思考
マインドラボで行っている問題解決のアプローチ手法のもう一つがデザイン思考である。デザイン思考は人間を物語の中心においた視点から、共感や直感、パターン認識などの能力を活用して、新しいアイデアを生み出し、頭だけでなく両手を使って多くのプロトタイプを作成し、仮説検証のサイクルを細かく回していきながら、効果的な実行につなげていく方法である。
実際の例として、移民の定着を図るという課題では、あるインド人の移民の3年間の行動を「カスタマージャーニー」としてのイラストで表現されたマップを作成し、そこで移民の人がどんな感情をもったのかをスタッフたちが共感できるようにしていた。また、解決策を思いつくと、プロトタイプとして、すぐにその場で窓口カウンターを想定したロールプレイを行って、実際にどういうことが起きるのかを検証するといったことも行っていた。
こういったアプローチで、市民が自分で気づいていないようなニーズを明らかにし、また施策が机上の空論で終わらないように、プロトタイプを使って検証を行っているのである。
このように、マインドラボでは、最初のナレッジを市民から取り入れてプロセスを作るようにしている。エスノグラフィック・アプローチを使って、市民から質的なデータをまず取り入れ、市民と一緒にデザイン思考を使って新しいソリューションを生み出し、市民と一緒にシステムを作り出しているのである。
こういったユニークな問題解決プロセスをパブリックセクターが用いているところが、まさに実験国家といえるところだろう。
競争力の基盤づくりと社会保障としての両面から人材育成を図るオムニア
フィンランドの専門学校オムニア(Omnia)は、エスポー、カウニアイネン、キルッコヌンミの3市で作るエスポー地区自治体共同立の大規模な専門学校で、エスポー市周辺の10箇所で多彩な職業訓練を提供している。
ヘルシンキから25キロ離れたエスポセンターでは、9つのビルディングがある。
オムニアの専門学校は、コンプリヘンシヴ・スクール(7歳から15歳)を修了、または卒業認定試験に合格した若者や成人に職業訓練を提供している。
アダルトエデュケーションセンター
オムニアの成人教育部門には、成人で職業の経験をもっている労働経験者で、21歳から64歳くらいまでの学生が入学してくる。各自の職業経験に合わせて、カリキュラムが選択される。
2,000 人のフルタイムの全日制生徒とパートタイムの2,000 人の履修生がいる。
ベーシックスクールは6年間。教育基準は若い人も大人も同じ。ただ教育方法、学習方法は違う。
大人の学生はほとんど働いて、そのあとに学校に来ている。月曜から木曜まで4時半から8時、9時くらいまで夜間授業を受けている。
アプレンティスシップ・トレーニング
アプレンティスシップ・トレーニング(徒弟教育)が一般的になっている。職場を探して、職場と学校と学生が契約書にサインする。このワークプレースということが、新しい労働力を教育するために非常に興味深い現象になっており、学生にとっても働きながら学ぶことができる実際的なやり方である。
徒弟教育は、工房にて指導資格のある指導者について、理論的学習も交えながら現場で3年程度働いて職業資格を得るもの。 現在1,600名の生徒がいる。
この学生は8割くらいが実際に職場で働いていて、2割が授業を受けている。
職業人と同じではないが、学びながら仕事しているということで、給与を貰うことができる。これが終わって準備ができたら職業に就けることになる。
工房における労働体験コースは、150 人の生徒がおり、失業中で学校にも入学していない者が、支援を受けながら何らかの労働を体験するものだ。このコースは、専門学校か成人教育か、徒弟教育を選択する前の準備期間と見なされている。かつては、延長できたが、現在は、5か月で打ち切られる。しかし、定員に空きがでたら、専門学校や徒弟教育に編入する。
イノ・オムニア(イノベーションセンター)
イノ・オムニアという、イノベーションセンターを職業訓練のレベルで行った起業施設が2011 年から活動を開始している。
イノは、地域の中小企業、とりわけ工芸と美術関連の企業と連携して、イノが事務所や店舗など活動場所を提供しながら企業活動を支援し、企業は生徒の企業研修を引き受ける。さらには、国内外のプロジェクトにも参加し、グローバルなネットワークを形成しながら、生徒の起業も狙っている。
プライベートの起業家のためのミーティングポイントとなる。そのため、学生たちが実際の個人の起業家の生活に触れられる出会いの場ともなる。
部屋を個人の起業家に貸しており、道具も揃っているので、美容師などが部屋を借りて仕事ができる。
大人の学生に対しては、自分のビジネスをスタートするチャンスも生まれる。
オムニア・ヤング・ワークショップ
オムニア・ヤング・ワークショップは、17歳から24歳を対象にしている。若い人の中には、あまり勉強や仕事をしたくない、自分で何をしたいか分からないという問題を抱えていて、アルコール、ドラッグとか、社会的精神的に問題をもっている人が多い。
このワークショップは、9年生を終わった後に、6か月を最大期間として、若者たちに自分が何をしたいか、カレッジに行きたいかとか、または職業に就きたいか、何かやりたいことを見つけるように手伝っている。6名から12名の小さいグループに分かれて、先生ではなくインストラクターがつく。サポートが多く、精神的にもまた色々なカウンセラーもつくようにしている。ここでは400名の学生がいる。
すべての人に学びのきっかけを提供する成人教育センター(フィンランド)
成人教育センターでは、District principalの Eero Julknen氏に話を聞いた。
北欧の教育や対話の風土というのは、グルントヴィの影響が大きいと感じた。日本ではあまり知られていないが、N.F.S.グルントヴィ(1783-1872)は、近代デンマークを代表する思想家、詩人であり聖職者であった。アンデルセンやキルケゴールと同時代人である。「生の啓蒙」の理念を提唱して、書かれた聖書よりも、語られる「生けることば」による「相互作用」を原理とした「社会教育」「成人教育」「解放教育」を提唱した。その考え方に基づき、試験も資格も問わない全寮制の農民のためのフリースクールとしてフォルケホイスコーレができた。
そこでは、書物や教科書など、テキストの権威性を排し、みなが心の底から語り合う「生きた言葉」と「対話」と「共同生活」による「相互作用」を教育の根本においた。啓蒙的・合理主義的な人間観に基づく実学を避け、歴史、神話、文学など人文的な教育を施し、表現を重視する人間観を重んじた。この学校は北欧全体で400校を超えている。
デンマークで発達した共同組合なども、この学校のもたらした成果である。
北欧での思想や理論をみなで論議することで深みを増し、チャレンジングに実践されて、みなで検証し、社会を変えていく文化は、このフォルケホイスコーレの生み出した伝統的な文化といえるだろう。
オムニアでも、成人教育センターでも、その科目(プログラム)は、市場のニーズがあれば行うという合理的な判断が徹底しているし、プログラムの見直しもステークホルダーの意見を聞いて定期的に行っているようだった。そして、特に興味深いのは、役に立つ知識や技術を教えるということも大切にしている反面、教育のあり方としては、変化しやすい知識よりも、フィンランド人がどうあるべきかから科目が組まれており、人々のクリエイティビティの向上のため、また態度や身体性の向上そして、メタ認知能力向上のためになるように配慮されていることが印象的であった。
できることからイノベーションを続けている、フィンランドのセッロ図書館
セッロ図書館のChief LibrarianのAnu Miettinen氏に話を聞いた。
セッロの図書館は、フィンランドでは2番目にビジターが多いところで、毎日3,000人から4,000人、1年間に100万人以上が利用している。5,800㎡の大きさで、2階建て、
フルタイムのスタッフが55名、それに加えて、テンポラリーのスタッフ、トレーニング中の人が同じくらいいる。徴兵のかわりにここで働く男性が15名いる。
セッロそしてエスポー市の図書館は、ヘルシンキのメトロポリタン図書館システムの一部。そのライブラリーシステムはメトロポリタン地域にいる100万人のための図書館システムで、ヘルシンキ、バンター、エスポー、ゴウニアの4つの市立図書館で構成されている。またこれらの図書館は全部で63件のブランチ図書館をもっている。
このセッロ図書館は他の図書館とはやり方が違うので、フィンランドでは議論を呼ぶ図書館になっている。
図書館の古いやり方、つまり書架があってみんな静かにしないといけないと、という風にしてしまうと1年間に100万の利用者を魅了できない。
市の職員は市民の人口構成を反映していないといけない。だから、エスポー市の9%が移民であるということは、市の職員の9%も移民でないといけない。
青少年部門
ここで働いているスタッフは若い人と接することができないといけない。若い人に専用のスペースを与えるとともに、なにが許容できるかのリミットも設定している。ゲームのイベントもやっていますし、音楽部門とのコラボレーションもやっている。バンドをやっている子もここでデモナイトがあって、演奏機会があたえられている。
児童部門
児童部門は、0歳から12歳を対象にしている。防音装置を設置しないといけないし、棚を低くしなければいけなかったので、インテリアデザインの学生を呼んで児童部門を変えさせた。天井からはアイボリー色の大きなフェルトの傘が下がっていて、音を吸収するように工夫されていたし、書棚にも車がついていて自由に移動できるようになっている。
この児童部門では、小学校の子どもが学校の後にここに来て宿題をやることもでき、その助けもしている。1時から3時はいつでも来ていいよと、時間決めておいて、子どもが来れば教えてあげているそうだ。夏休みは、生徒たちが休みの間、ご両親が働かないといけないからアクティビティーアワーを作って、いろんなゲームとかアドベンチャー、クラフト、読書会などをやっている。
職員の朝礼
図書館のロビーにはステージがあり、子供のオペラなどのイベントを行っている。「うるさい」とクレームを言う利用客に対しては決して謝らないで、耳栓を渡すか静かなスペースを案内するようにしている。謝ってしまうと元の枠組みに戻ってしまうからだそうだ。
また図書館スタッフの朝礼をこのステージで行っている。朝礼は会議室でもできるのだが、意図的に利用客に見えるようにしている。こういった細かい部分でも、行政の行っていることをオープンに市民に見せるという透明性を重んじていることが分かる。
新しいスタッフがセッロで勤務し始めるときには朝礼でおかゆを作ってみなで食べるそうで、利用客にもおかゆを食べてもらう。これは、新しい人たちをウェルカムする非常にいい方法と考えているとのことだ。
このように図書館は静かにすべきだという従来の枠組を外して、小学生たちは遊びながら学ぶし、高校生たちは友人と話をしながら学ぶという、すべての人々のニーズに合わせて自分たちをイノベーションさせようという取り組みを行っている。
そして、仮説として出たアイデアをどんどんチャレンジしているのが伺えた。たとえば、アメリカでセラピードッグ(犬に本を読んで聞かせることで練習する)というのがあるという話を聞いて、スタッフが図書館に犬を連れてきて実際にすぐにやってみた。動物アレルギーのある人がいたらどうするのかという反対があっても、笑って忘れるポジティブさがある。
まさに自分たちができるところで、イノベーションを継続的に起こしていく実践例を見た気がした。
ストックホルム商科大学での集合的能力の研究
ストックホルム商科大学(Stockholm School of Economics)は、1909年に、産業界のニーズにこたえるために創設された。創設時には110人だった学生数も、今では15,000人まで増えている。同校は、北欧とヨーロッパでは最も高く格付けされている大学の一つであり、ヨーロッパのビジネススクールのトップ20に入っている。教育の特徴は、産業界にきわめて近い関係をもっていて、様々な企業の人々が教育に参加していることにある。修士レベルの学生は、企業にいって実務経験を積むことが必要となり、企業変革のプロジェクトも行っている。学校は比較的小規模で、学生の数に対して教授の数が豊富なことも特徴として挙げられている。
今回の視察ツアーにおいては、同校の「Department of Management(マネジメント学部)」の「Center for HRM and Knowledge Work」を訪れ、スウェーデン企業のHRや人材開発について、学ぶ機会を得た。「Department of Management」には、 45人のリサーチャーと、26人の博士が在籍しており、研究テーマとしてはオーガニゼーション・セオリーと、HRマネジメントが一番大きな割合を占めている。日本との関係も深く、トヨタ自動車と提携関係にあるとのことであった。
「Center for HRM and Knowledge Work」が行っている主な研究プロジェクトには以下のようなものが挙げられる。
・Quantification in HRM ? A study of the practices and consequences of measuring individual employees(HRMにおける定量化 -個々の従業員の測定の実践と結果の研究-)
・HRM in professional service firms(プロフェッショナルなサービス・ファームにおけるHRM)
・Collective ability ? understanding knowledge integration in knowledge intensive teams(集合的能力 -知識集中チームにおける知識統合を理解する-)
・Trust creation between buyers and sellers on markets for professional services(プロフェッショナルなサービスのマーケットにおける売り手と買い手の間の信頼創造)
・Managing knowledge in professional services(プロフェッショナルなサービスにおいて知識を管理する)
研究プロジェクトのテーマを見ると、コンサルティング・ファームのような高度な知識が必要となるプロフェッショナルなサービス・ファームにおけるHRや人材育成、ナレッジ・マネジメント、及びそうしたHRMの取り組みの数量化といった内容が研究対象として挙げられているようである。また、リサーチの特徴としては、定量的な調査に加えて、実際に現地に行って調査を行う手法を大切にしているとのことであった。
視察ツアーでは、同校を訪れ、実際に研究に取り組む複数の方々から、最新の論文について発表をいただき、それをもとにディスカッションする形で進められた。視察は10時開始であったが、9時30分からコーヒー・ブレイクに招かれ、みなで談笑しながら、とても和やかな雰囲気のもとでスタートすることができた。
約2時間の訪問の中では、同センターの3つのリサーチ・テーマについてのプレゼンテーションが行われた。以下にその概要を簡単に紹介したい。
リサーチ・テーマ(1):THE CHANGING ROLE OF HR IN SWEDEN(スウェーデンにおけるHRの役割の変化)
最初にJohan Berglund氏から、スウェーデンのHRの状況や変化についてお話をいただいた。Berglund氏は、同行の研究員で、MBAのプログラムを教えており、HR部門やHRのスタッフの在り方を研究テーマとしている。
最初にスウェーデンの歴史・文化的背景も踏まえながら、米国発のHRMの考え方が、スウェーデンでどう変化したのかについてお話があった。米国の経営思想と北欧の経営思想には、次のような違いがあるとのことであった。
・アメリカでは雇用者側と労働側の分離がはっきりしているが、北欧では両社が合意を形成していこうと考えている
・アメリカではトップからのコントロールが非常に強いということが特徴にあるが、スウェーデン、北欧では「エンパワーメント」「権威のデリゲーション」「経営判断は集団で形成」という傾向がある
・アメリカでは能力によって受け取る報酬に大きな違いがあるが、北欧ではそれほどの差違はない
Berglund氏によると、上述したような背景からHRMについてもハードなものとソフトなものがあるとのことであった。ハードなHRMとは、インセンティブなどを与えて管理していくものを指し、ソフトなHRMとは、従業員のモチベーション、チームワーク、インクルージョンなどを重視したものである。米国と比較して、スウェーデンではよりソフトなHRMが活用されているとのことであった。
そして、最後にスウェーデンのHR部門の現状と今後についてお話いただいた。スウェーデンでは、HR部門の役割はまだ限られたもので、HRのヘッドは経営陣に通常入っているが、優先順位があまり高く置かれていないとのことであった。その一方で、HRの担当者は、本来ラインで働きたいけど、スタッフの扱いしかされずに、ジレンマを味わうことが多いようである。また、ラインの上級幹部からは人事がうまく機能していないという苦情やHR部門への批判を聞くが、実は責任をとるべき人は責任をとらないことがよくある、といった課題意識が共有された。
そうした状況に対して今後目指したい最良のシナリオ、解決策として、Berglund氏は、「ラインのマネジャーがHR部門とより協働することにあるのではないか。ラインマネジャーの仕事は自分のところの従業員がモチベートされて、新しいことを学びたいというような状況を生み出すことにある。そうだとしたら、HR部門からより戦略的なアドバイスを受けるべきである」との提唱がなされていた。
リサーチ・テーマ(2):COLLECTIVE ABILITY(集合的能力)
2つ目のプレゼンテーションは、Andreas Werr氏から行われた。Werr氏は、特にコンサルティング・ファームやエンジニアリングの企業におけるHRMの研究を行っている。この20~30年で社会がナレッジ・ベースに大きく変わってきている中で、Werr氏は、個人のトレーニングや組織デザインではなく、集合的なグループやチームとして知識をどう活用するのかを研究してきている。
Werr氏からは、Collective ability(集合的能力)に関する様々な洞察を紹介いただいた。特にCollective ability(集合的能力)に影響を与えるものとして「Discretionary Behavior(任せる行為)」を挙げ、「知識集中社会では、自分のゴールを特定しづらく、何が期待値か、具体的に決定することが難しい。自分でイニシアチブをとって、決められたこと以上をやることが成功につながる」との見解に基づいて、「Discretionary Behavior」に関する興味深い研究結果を紹介していた。
Werr氏は、研究の中で「Discretionary Behavior」を、「Representation(仕事の描写)」と「Networking Behavior(ネットワーキング行動)」の2つの軸で表していた。「Representation」とは、人々が自分の仕事の複雑性をどう描写するかということであり、自分の仕事が単純な作業やタスクであると認識しているグループはRepresentationが低く、逆に複雑で多様であると認識しているグループはRepresentationが高い。Networking Behaviorは、グループ内外での人々のインタラクションの度合いを人々がどう認識しているかを指している。
Werr氏は、それぞれがパフォーマンスにどう影響するのかの調査を行った。その結果、自分たちのNetworking Behaviorを低いと認識しているグループは、Representationの認識の高低に関わらず、パフォーマンスが低いとのことであった。最もパフォーマンスが高いのは、Networking Behaviorも、Representationも両方が高いと認識しているグループ、つまり、自分の仕事を複雑で多面的なものと捉え、かつ積極的にネットワーキングを図ろうとしている人々であった。また、Networking Behaviorが高く、Representationが低いグループは、存在していなかったとのことであった(恐らくNetworking Behaviorが高い人たちは、その活動の中で、自然と自分の仕事の複雑性・多様性を認識していくので、Representationが低いということにならないのであると推測される)。
こうしたリサーチ結果をもとに、ナレッジ社会において、「Discretionary Behavior」を高めていくことの重要性が述べられ、プレゼンテーションは終了した。
様々な研究結果が紹介されたが、その中でも特に、「Discretionary Behavior」を人々の「認知」として捉えている、つまり同じ仕事をしていても、人々がどうその仕事を認知するかで、パフォーマンスに影響があるとしていることが印象的であった。Werr氏は、「認知が現実になる。認識から始まり、それが現実になる」と述べており、社会構成主義的なアプローチやメタ認知能力の重要性を述べられているようにも感じられた。
リサーチ・テーマ(3):HOW IDEAS ABOUT MANAGEMENTS ARE TRANSLATED INTO IDEAS ABOUT HOW WE EDUCATE MANAGERS(マネジメントに関するアイデアをいかにマネジャーを育成するためのアイデアに変換するか)
最後のプレゼンテーションでは、Olof Karnell氏とPeter Myhrsfrom氏から、同校の経営者育成プログラムである「IFL Executive Education」の紹介があった。IFL Executive Educationは、経営者育成における北欧のリーディング・プレイヤーである。スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、ロシア、バルト3国にオフィスをもち、20箇所で3,500名のマネジャーに対してプログラムを展開している。最大のクライアントはロシア鉄道である。プログラムには、事業戦略、マーケティング財務管理、リスク管理、オペレーション管理、HRMなどが含まれるとのことであった。
Karnell氏とMyhrsfrom氏からは、以下のようなプログラムの特徴が述べられていた。
・参加者、企業が抱えるジレンマから学習を始める。大学もアカデミアとしていろいろなモデルを教えるが、参加者にとっては可能性をもたらさないかもしれないということを前提に、まず参加者ありきで行う
・リサーチャー、教員が会話を行い、最新のモデルを活用する。それを企業の中の参加者が現実にもつ課題で考える。これらを絡み合わせて学習プロセスを構築する
・たくさんのリフレクションを行う。参加者が何を考えているか、何を学んだかを授業の中に反映させる。参加者同士がコーチングもする。また知識の共有化も盛んに行われる
様々な特徴が述べられていたが、特に印象に残ったこととして、IFLをはじめ、北欧の学習が「リフレクション」を重視していることが挙げられる。上述したようなメタ認知能力を高めていくうえでも、「リフレクション」は非常に重要な位置づけなのであろうと推察される。
金融業界の常識を覆す人事イノベーションを行ったスウェド銀行
Swedbankは、スウェーデン、エストニア、ラトビア、及びリトアニアでは、950万の個人顧客、622,000社の法人顧客をもつ大手北欧?バルトの銀行グループである。スウェーデンでは、グループが317の支店をもち、バルト諸国では、200以上の支店をもっている。他に、このグループは、コペンハーゲン、ヘルシンキ、カリーニングラード、キエフ、ルクセンブルク、モスクワ、マルベージャ、ニューヨーク、オスロ、上海、サンクトペテルブルク、東京に支店がある。
視察ツアーでは、Swedbankの本社を訪れ、組織変革、リーダーシップ開発、タレント・マネジメント、働き方、サステイナビリティといった様々な側面から、北欧企業における人づくり、組織づくりについて学ばせていただいた。
BACKGROUND, ORGANIZATION, PURPOSE AND VALUES(背景、組織、目的、バリュー)
最初にSwedbankのビジネス的・組織的な背景の紹介が行われた。リーマン・ショックによる経済危機は、全ての銀行に影響を及ぼし、Swedbankも痛手を受けていた。そのような中、2009年に新しいCEOが着任した。このCEOは、Swedbankへの着任後の活動実績から、現在スウェーデンで最も信頼できるCEOの一人であると記事に掲載されたりもしている。
このCEOは、着任後、まず現場を見て回り、実際に従業員と直接話をすることからスタートしたとのことであった。その結果、「Swedbankは当初の理念に立ち戻るべきだ。すなわち、金融機関のリーダーになるのではなく、顧客のための銀行になるべきだ」という信念を銀行に持ち込んだとのことであった。
そして、ストックオプションの制度はあるものの、ボーナスを廃止したのである。強欲と呼ばれる欧米の金融業界の中で驚くべきチャレンジングな制度変更かと思うが、そのために退職した人はいなかったということも、これからの人事制度のあり方を考えるうえで示唆を与えるものだと思う。
同じタイミングで、同社のビジョン、パーパス、バリューもリニューアルした。リニューアルされたものを下記に示す。
【Vision】
We enable people, business and society to grow. Swedbank ? beyond financial growth
【Purpose】
We promote a sound and sustainable financial situation for the many households and business
【Value】
・Simple
・Open
・Caring
このビジョン、パーパス、バリューがリニューアルされて3年になる。企業文化を変革するには長期に渡って日常的に働きかけ続けないといけないが、これまでの努力の結果、少なくとも3年間でビジョンとパーパスについては95%の従業員が認知しているという状態にまでもってくることができたとのことであった。
HR、人材開発、リーダーシップ開発、採用、タレント・マネジメント
次に、上述したビジョン、パーパス、バリューの実現に向けた、同社のHR、人材開発、リーダーシップ開発、採用、タレント・マネジメントの考え方やプラクティスについて紹介があった。
同社では、HRの役割を「人々が良い仕事をする機会・条件を創ること」と位置付けている。そして、HRが掲げるゴールとして、以下の点を挙げていた。
・Best managers in the sector(業界の中でベストなマネジャーを育成する)
・Best development opportunities in the sector(業界の中でベストな成長機会を提供する)
・Effective remuneration system(効果的な給与システム)
また、同社のHRの考え方として、” 1% per cent “per head” is 16000%”というものが紹介されていた。これは、「社員一人ひとりが1%の改善を行うことができれば、全体としては16,000%の改善につながる」という発想である。これは同社のタレント・マネジメントにも共通の考え方が見られる。同社のタレント・マネジメントの考え方として「A thousand stars ? we believe that everyone has talent(数多くのスターたち -我々は、すべての人がタレントをもっていると信じている -)」を掲げており、その実現に向けて、共通のフレームワークを構築したり、アクション・ラーニングやキャリア・コーチングなどを提供しているとのことであった。
このように、一部の従業員の人材開発を行うのではなく、すべての社員が成功するようにサポートを行っていこうとする姿勢が印象的であった。
続いて、同社の人材開発やリーダーシップ開発の哲学や実践が紹介された。同社では、バリュー、及びLeadership Criteria(リーダーシップ基準)に基づいた人材開発を推進していることが特徴として挙げられる。
バリューは上述したSimple(シンプル)、Open(オープン)、Caring(思いやり、優しさ)である。この3つのバリューはとてもシンプルであるが、分かりやすく、かつSwedbankだけに限らず、スウェーデンの文化全体にも通じるところがあるように感じられた。
そして、そうしたバリューに基づき、Swedbankをリードするためのリーダーシップ基準としては、以下のものが挙げられていた。
・I am clear
・I am visible
・I take and give responsibility
・I understand and work for the whole organization
・I care about people and results
こうしたリーダーシップ基準をもとに周囲に影響を与えていくことがリーダーシップには求められる。トレーニングだけに限らず、仕事のアサインやコミュニケーションなど様々な機会を通じて、こうしたリーダーシップ基準を高めているとのことであった。
また、採用についても同様にバリューが重要視される。採用のロールモデルとしては、北欧の人づくり研究会第1部でも登場していただいたIKEAのバリュー・ベースの採用が挙げられていた。これはエリクソンや他企業などでも感じられたことであるが、人材開発やタレント・マネジメントなどすべてにおいてバリューをベースに置くことを徹底しているのが印象的であった。
NEW WAYS OF WORKING(新しい働き方)
HRの役割として「人々が良い仕事をする機会・条件を創ること」があったが、その一つとして、人々が働くための適切な環境を創るということが挙げられる。時代の変化に伴い、働く環境も変化している。たとえば、ITの進化などに伴い、「仕事は行うもの(Do)であって、行くところ(go to)ではない」「オフィスにいることではなくパフォーマンスを発揮することが重要」といった考え方が生まれ、セルフ・マネジメントの重要性が高まるなど、人々が働くスペースにもつ価値観もシフトしているとのことであった。そうした変化に合わせて、同社では、「Activity Based Workplace(行動ベースの職場)」という概念を掲げている。Activity Based Workplaceに関する詳しい説明はなかったが、恐らく社員一人ひとりが、職場を色々なところとつながるHubとして捉え、必要な行動に合わせて、必要なところにアクセスできるようにするといった考え方であろうと思われる。
同社では、2014年にオフィスの移転を予定しているが、そのオフィスをデザインする際にもこのActivity Based Workplaceの考え方に基づいて行っている。同社で従業員の働き方を分析したところ、個人でやる仕事とグループでコラボレーションしてやる仕事という軸と、高い集中力が必要な仕事と低い集中力で行える仕事という2つの軸があった。ところが、現在のオフィスでは、ほとんどが個人で行う集中力の低い仕事を行うためのデザインになっていて、その他の仕事とはミスマッチを起こしているということが見えてきたとのことであった。そこで、新しいオフィスでは、働く人々の実際の活動に合わせたオフィスにできるよう、現在デザインを行っているとのことであった。
そして、こうした新しい働き方を推進していくためには、働いている社員の意識や文化そのものを変えていく必要がある。当然ながら、最初は新しいオフィスや環境に対する抵抗もあるかもしれないが、マネジャー向けのプログラムなども導入しながら、段階的に人々の働き方や考え方をシフトしていきたいとのことであった。
SUSTAINABILITY(サステイナビリティ)
最後に、同社のサステイナビリティに対する考え方やアプローチが紹介された。
たとえば、「自分たちは社会の一部であり、社会の抱えている問題は、自分たちの問題でもある」「サステイナビリティは企業の責任でもあるが、同時にビジネスのチャンスでもある」「持続可能な銀行というのは、これはコアのプロセスであるクレジットやインベストメントにサステイナビリティを持ち込むということ。金融の持続性は、社会全体に影響を及ぼす。グローバルなファイナンスシステムが社会にどういう影響を与えているか。銀行として持続可能性を追求するにはどうしたらいいかも重要である。」といったコメントが述べられ、そのためのアプローチもいくつか紹介されていた。
同社がビジョンとして掲げるBeyond Financial Growthに向けて取り組んでいきたいというメッセージとともに、全体のプレゼンテーションが終了した。
IKEA:ビジョン・バリューの重視と徹底した合理性の追求
日本で行われた第1部の研究会において、イケアジャパンの下風亜子氏にお越しいただき、イケアでの取り組みをお話しいただいた。
北欧に視察に行く前に、北欧発の企業が「人づくり」という観点でどのようなことを考え、何を大事にしているのか、特徴はどのようなものか、といったことの示唆を得るためである。
下風氏の説明と質疑応答の中から、「ビジョンやバリューを何よりも大事にし、ダイアログやコンセンサスを重視しながら、合理性を徹底的に追求している」という印象を受けた。
イケアには、ビジョンとして「より快適な毎日を、より多くの方々に」という言葉があり、ビジネス理念として「優れたデザインと機能性を兼ねそなえたホームファニッシング製品を幅広く取りそろえ、より多くの方々にご購入いただけるよう出来る限り手ごろな価格でご提供する」という言葉がある。
そして、人事理念としては、「真摯で前向きな方に、プロフェッショナルとして、人間として成長する機会を提供すること。そして社員全員が協力して、お客様はもちろん自分たちのためにも、より快適な毎日創り出すこと」という言葉がある。
これらのビジョンや理念がすべての基本となって業務が運営されており、それを実現するために社員全員が共有したい行動規範、価値観としてイケアバリューが設定されている。
採用においては、こうしたビジョンや理念を共有できるかということがまず重視され、そこからバリューに共感できるか、バリューを大事にしてもらえるのかということにこだわっている。
日本に進出するにあたっては、こうしたイケアバリューに沿う人材採用に相当な時間をかけ、またカルチャーとバリューのトレーニングに相当な投資をしてきた。イケアでは全従業員のことをコワーカーと呼んでいるが、コワーカーは、フルタイムだろうと、週16時間の人であろうと、マネージャーであろうと、役職に関係なく入社時のタイミングに合わせて一緒になって、カルチャーとバリューのトレーニングを受ける。
次で紹介するダイアログの文化にもつながってくるが、トレーニングの中では、実際にバリューを取り上げて、これが「実践されているときって、どんなあり方だと思いますか?」という問いを投げかけ、それに対してそれぞれが意見を出し合うようなダイアログが繰り返されているそうだ。
採用でも、その後のトレーニングでもビジョンやバリューが重視されているが、それは日々の業務においても変わらない。何かの戦略や施策を立案する際には、ビジョンに立ち戻って、これをやることでビジョンに近づけるのかということがとことん追求されている。
イケアは、人が一番伸びるのはトレーニングではなく、日々のビジネスの中でどう学べるかだと考えており、そこでの学びが80%だと定義している。来店するお客さんや、サプライヤー、日々の試行錯誤からそれぞれが学んだことを、ダイアログを通して共有していく。このダイアログの時間にかなりの時間をかけているとのことである。日々の中で繰り返されるダイアログによって、ビジョンやバリューに対する理解度や共有度が高まり、それが人々の成長やビジネスの成長につながっているのである。
イケアは、ただビジョンやバリューを大事にしているだけでなく、そのメジャーメントも重視しており、バリューに通じた設問で構成された「ボイス」(従業員満足度調査)を行っている。ただサーベイを実施しているだけでなく、結果はしっかりと管理職にフィードバックされる文化になっており、その結果を細かいレベルで分析し、ダイアログを通してどうやったら改善できるかを実際のビジネスプランに組み込んでいく。そして、その進捗や、今後の取り組みをどうするかをミーティングで話し合い、役員会に結果をコンスタントにレポートしていくというほど徹底して取り組んでいる。
ここまで見てきたように、イケアではただ単に金太郎飴のような人材を作るのではなく、ダイアログを繰り返す中で、ビジョンやバリューに対するそれぞれの多様な理解を促しながら共有度を高め、個性ある従業員が化学反応を起こせることを意図している。また、こうした営みを情緒的に捉えるのではなく、調査を行ったうえでしっかりと現実を直視して、次の取り組みにつなげようとしている。
こうしたことの背景に、ビジョン・バリューと合理性を徹底的に追求していくという姿勢があるように感じられた。ビジョンやバリューがあることで、採用から、トレーニング、日々のオペレーション、ビジネス戦略に至るまで、一貫した企業活動を行うことができる。
明確な判断基準があるがゆえに、物事を複雑にしすぎずに合理的にアクションを起こしていけるのだ。
こうしたことはグローバル企業には共通していることだが、そこにダイアログのエッセンスやコンセンサス重視の文化を加味しながら、情緒面も論理面も含めて合理的にデザインして、組織の戦略と人づくりを直接的に結びつけているのがイケアの特徴ではないかと感じた。
エリクソン:スウェーデンを代表する企業の核にある「コンセンサス重視」「オープン&フラット」「革新的&戦略的」のカルチャー
日本で開催された第1部研究会第5回では、元日本エリクソン株式会社人事部長の水上雅人氏(現在は、住友スリーエム株式会社人事本部人事ビジネスパートナー 部長を務められる)にお越しいただき、スウェーデンの代表的な企業であるエリクソンの企業文化や制度、実践などについてお話いただいた。
コア・バリュー
IKEAやSwedbankなど他の企業でも見受けられたように、エリクソンにおいても企業のコア・バリューが非常に大切にされている。エリクソンでは、「Respect」「Professionalism」「Perseverance」の3つが掲げられているが、水上氏によると米国の企業などと比べても、社員への浸透・徹底度合は高く、また社風にも表れているとのことであった。たとえば、「Perseverance」は日本語にすると、「忍耐強い」「粘り強い」といった意味合いがあるが、あきらめずに結果を求めて、コミットしていく社風と見受けられる。具体例として、いったん進出したところから、すぐにあきらめて撤退したりはせず、粘り強く働きかけて、ビジネスとして育てていった例などが挙げられていた。
人事制度
講演の中では、スウェーデン企業や米国企業、日本企業における人事制度の違いなどもお話いただいた。たとえば、米国の企業などと比べると、歩合制のボーナスなどは、エリクソンでは少なく、上層部やトップ10%のマネジャーに限られており、ストック・オプションなどはもっと少ないとのことであった。
制度自体はグローバル企業なのでそんなに他国と差があるわけではないが、社員のパフォーマンス・マネジメントの捉え方などには差を感じられるそうだ。たとえば人事考課やパフォーマンス評価の議論の中では、「人が人を評価していいのですか」といった話題も出るといったことが印象的であった。
エリクソンのカルチャー
エリクソンのカルチャーとして、水上氏からは大きく3点が挙げられた。
1点目は、「コンセンサス重視」である。議論を徹底的に行い、みなの合意を取っていくことを非常に大切にしているとの紹介があった。水上氏が体験した具体的な例として、たとえば、組織体制の変更をグローバルで行う際なども、各リージョンで様々な議論が行われ、施行期限を過ぎてもまだ決まらずに議論を行って、コンセンサスを生み出していくといったことが挙げられていた。ただし、その一方で、始まるまでには、長い期間を要するものの、いったん始まったら非常に強くコミットし、何としてでも結果を出していくといったことが印象的であった。
2点目は、「フラット&オープン」である。組織上の縦関係は存在しているものの、人々のマインドセットの中にはヒエラルキーがなく、ディレクターやバイス・プレジデントなどでも肩書きに関係なく、みながオープンにコミュニケーションを行っているとのことであった。そうしたマインドセットがあるため、階層関係なく仕事を行うことができ、コラボレーションが進みやすいそうだ。
3点目は、「革新的&戦略的」である。水上氏によると、スウェーデンではエリクソンに限らず、人々が常識に捉われずに多面的な見方をすることができ、イノベーティブな発想が日常的に出てくるように感じていたそうである。技術的な領域においても、たとえば日本の技術者が思いもつかないような発想が出てくるとのことであった。
社会における企業の位置づけ
最後に、スウェーデンにおける企業の社会的な位置づけについてお話いただいた。スウェーデンでは、教育や医療などが国によって面倒を見てもらえる。そうした背景の中で、企業も、単にプロフィットやシェアホルダーに利益を還元するという存在ではなく、ウェルフェアや社会への貢献、社員の生活を守るという意味付けが大きいとのことであった。働く人々も、一生懸命働くが、人生のためであるので、それで自分を犠牲にすることはない。そうしたことが休暇の取り方などにも反映されているとのことであった。
約50分に渡る講演の中で、水上氏の実体験に基づいたスウェーデン企業のカルチャーを学ばせていただいた。講演の中で述べられていた、3つの点、「コンセンサス重視」「オープン&フラット」「革新的&戦略的」は、エリクソンに限らず、スウェーデンがもつ文化的な姿勢として、研究会全体を通して見受けられたように思う。オープンでフラットな関係性の中で、対話やリフレクションを大切にしながら、既存の枠組みを超えたイノベーティブなアイデアを生み出していく、そうした力が文化的に培われていることが、スウェーデンが未来を創造するうえでの強みであるように感じられた。
Deloitte Sweden(デロイト・スウェーデン):ビジネスをサポートするHRの役割
ストックホルムで行われたミニカンファレンスにおいて、Deloitte SwedenのHRマネージャーであるMattias Kanold氏とSara Lundvall氏にHRの役割や実際の取り組みを紹介していただいた。
デロイト・トウシュ・トーマツは、150か国以上で監査やコンサルティング、M&Aを行う法人である。そのスウェーデン支社として行っているスウェーデン流のやり方を話していただき、HRとして何を重視しているのか、グローバルとローカルの関係、実際に行われている詳細な取り組みを学ぶ機会となった。
以下に紹介していただいた内容を記していく。
HRの役割
デロイト・スウェーデンのHRの役割は、ビジネスに近いところでプロアクティブにフロントラインとパートナーシップをもって、HRの領域に関する取り組みを行っていくことだと定義していた。
HRのトップはビジネスとHRのコネクションを強化したいと考えており、ビジネス領域ごとに担当者をつけてコーディネートする体制を作っている。
HRが主に担う領域は、タレントのアトラクト(惹きつけ)、ディベロップ、デプロイ(配置)、コネクト、リテインというプロセスになるが、デロイト・スウェーデンとしては、ディベロップ、デプロイ、コネクトに注力することで、アトラクトとリテインでも成功できるという戦略を描いているようだ。以下、この3つの要素について説明していただいた詳細を紹介する。
ディベロップ
ディベロップにおいては横断的な能力の開発や職場環境の開発をテーマにしている。
デロイト・スウェーデンにはデロイトアカデミーというものがあり、ビジネスケースやそれぞれの分野に特化したテクニカルトレーニングも用意されており、部門をまたいだ機関として、必要と考えられる領域をカバーしている。
デロイトには、デロイト・ユニバーシティと呼ばれるグローバルのトレーニング組織がある。スウェーデンでは、そこで扱われているコンセプトの中で、良いと思うもの、スウェーデンに合っていると思うものをピックアップして提供している。
Kanold氏は、グローバルにいいものがあって、それとスウェーデンの良いシステムを組み合わせたユニークなものを提供しているという。これはデロイトアカデミーだけでなく、各ビジネスファンクションで行っている取り組みについても同じようなことがいえるのだそうだ。
ディベロップにおいては、トレーニング以外にもマネジメントプロセスを扱っている。評価、エンゲージメント、パフォーマンスレビューなど、パフォーマンスマネジメントに長い時間をかけて丁寧に取り組んでいるそうだ。
また、コーチング、カウンセリングの文化が広く浸透しており、マネージャーになったら何人かのカウンセラーとなるような仕組みになっていて、社内に多くのコーチやメンター、カウンセラーをそろえて、キャリアアドバイスから個人的な問題まで取り組んでいる。
デロイトでは70:20:10の原則を採用しており、パフォーマンスに対する影響は、10%がフォーマルラーニング、20%がカウンセリングやコーチング、70%がOJTだと考えている。そのため、トレーニングと実際の仕事をコネクションしながら学んでいくような体制を整備しているようだ。
ディベロップの中で最近力を入れて取り組んでいるのは、女性の活用とジェネレーションYへの対応ということだ。
「単に比率を上げればいいというものではなく、内容を伴って女性のマネージャーを50%の比率までもっていきたい。また会社全体でも3割を女性にしたい。男性にも女性にも魅力的な会社でないといけないと思っている。また、ジェネレーションYは上の世代とは違う。月1回マネージャーと話をして評価を行っていくというのはジェネレーションYには通用しない。彼らは常にフィードバックを必要としている。また急進的なプロモーションで満足するような人は減ってきていて、そういうことに慣れていた世代がジェネレーションYを部下にもつのだから、そこには世代間の衝突が起きるので、しっかりと適応させていく必要がある」とLundvall氏は説明していた。
このことの背景には多様な働き方の促進という側面も含まれてくるが、これは次のデプロイに関連してくる。
デプロイ
デプロイでは従業員の声を聞くことを大事にしている。常にキャリアのゴールを聞き、それにあわせて次のアサインメントを決めているそうだ。
かつては従業員を個人ではなくリソースとして見ているのではないかという批判があったそうだが、今はそれぞれがいろいろな考えをもつ個人だとHRは考えており、最初の2年は会社からアサインメントするが、それ以降は個人のことを考えてキャリアを作っていくように心掛けているそうだ。
「すべての期待には応えられないですが、トライしています。そのことに従業員も感謝しています」とKanold氏は話していた。
またデロイトが開発したMass Career Customization (MCC)というシステムを導入している。
これはリーダーシップ、セールス、テクニックの3つのディメンションの中で、高めたいところはスピードアップできるし、低めたいところはスピードダウンできるシステムである。子供が生まれたので、3つのうちの1つをスピードダウンさせることも可能だし、何年か同じレベルに留まり続けることも可能だし、望む人はどんどんスピードアップしてより高いレベルの仕事をしていくことも可能になるのだ。高くしたい人と低くしたい人が十分に多くいることで、補い合うことができるため、マスであることが重要である。このマスのシステムをうまく回していくことで、UP or OUTではなく、育児休暇をとってから職場復帰するなど、それぞれの事情に合わせた仕事の仕方が可能になる。
これが北欧の社会では大きなアドバンテージになると紹介された。
コネクト
コネクトでは、ダイアログを行ったり、文化を共有したり、調査をしてそれをフィードバックしたりといろいろなことを行って、従業員のエンゲージメントとリテンションを高めていこうとしている。
この社内で良いことは何か、良かったのに変わったことは何か、良くないことは何か、会社が与える情報は十分かといったことなど、大小さまざまな従業員調査を行っているそうだ。結果はマネジメントにも従業員にもフィードバックされ、各部門でどう適応するか、それぞれの環境の中でお互いの仕事をいかにやりやすくするかをダイアログしていくということだ。
また年に1回は従業員からマネージャーなどに対するアンケートをとる上向きのフィードバックが行われ、これを改善につなげたり、評価の参考としたりしている。その他にも、社員や辞めていく人へのインタビューを行い、集まった情報をエグゼクティブに報告したり、ヤングアドバイザリーフォーラムという機関の中で、ボトムアップでいろいろな問題を会社側に提言していったりしているそうだ。
「とにかく従業員とのダイアログを維持していくように努めている」とKanold氏は強調していた。
以上が、HRが戦略として重視しているディベロップ、デプロイ、コネクトのプロセスである。
デロイトのスウェーデン流に関する参加者との質疑応答
また、参加者からは、デロイトのスウェーデンとして独自のスタイルがあるのかという質問が多くでたが、そこからスウェーデン企業の特徴が浮かび上がってきた。
スウェーデンには厳しい労働法があり、スウェーデンの99%の会社は集合的な合意に基づいている。
「私たちはまずコンセンサスを作ります。それ以外の選択肢はほとんどありません。コンセンサスなしに決定事項を導入することは難しいのです。一度コンセンサスが取れれば後はスムーズにインプリメンテーションできます。コンセンサスを作るほうが長くかかります。最初に意思決定をすることもできますが、いずれにしろコンセンサスは必ず必要になります。決定の前にしろ、後ろにしろコンセンサスが必要であるならば、前にやったほうが絶対にいい。これはスウェーデンでは特別なことではないと思います。」
そして、スウェーデンの組織はフラットなピラミッドになっており、パートナー、アソシエイト、アナリストの距離がとても近い。スペインの人と話したら、スペインにはパートナーとの対話の仕方というセッションがあるらしいのだが、スウェーデンでは考えられないそうだ。ピラミッドがあるにしても、フラットなものでなければスウェーデンではアクセプトされないという。フィンランドはスウェーデンよりも階層がないという。そのため、フィンランド人から言わせると、スウェーデン人は意思決定に時間がかかるということだ。
デロイト・スウェーデンの良いところは、スウェーデンの市場に求められていることにすべてアダプトできることだとという。必ずしもグローバルに合わせるということじゃない。スーツを着ないといけないこと以外は、スウェーデンのやり方でできると言っていた。
「我々はグローバルな会社なので、良いところはグローバルからとれるが、スウェーデンでうまくいかないなと思ったら変えられる。アメリカのEラーニングは我々には合わないから無視できるし、パフォーマンスマネジメントも必要だけど、それはスウェーデンのやり方にした。」
ホームグラウンドのやり方でできていることが成功の鍵だという。
雑誌編集長に聞いたスウェーデンのHRに関するトレンド
ストックホルムで開催したミニカンファレンスで、HR Magazine “Personal & Leadership”の前編集長で、現在は”VD-tidningen, the magazine for Swedish CEO’s”の編集長であるJennie Jensen氏にスウェーデンのHRに関するトピックやトレンドを伺った。
プレゼンテーションは、Jensen氏がスウェーデンにおけるトレンドやトピックを紹介し、それに対する日本とスウェーデンの違いについて意見交換していく形で進められた。
出てくるトピックのほとんどがASTDや日本の人材開発のコンファレンスで注目されているものと同じであることが一つの驚きであった。日本とスウェーデンのいずれもアメリカの影響を大きく受けていることに変わりはないということが、このことからも確認された。ただスウェーデンの場合、アメリカ流の手法やスタイルをどう解釈して活用していくかという観点で、認識や分析が鋭いように思える。外部の手法やスタイルは、自分たちの価値観に合うのかどうか、その背景にある思想や哲学は何なのか、それはどこまで容認できるのかといったことに対して、事実をしっかりと把握して議論を行っているという印象が話の中から感じられた。
話し合われたトピックを以下に記し、簡単な説明を加えておく。
THE HR PROFESSIONAL IN SWEDEN
大学ではHRの専攻があり、大学は社会学、教育学、労働科学、経済学を取り入れたカリキュラムを導入している。一方で、こうした講義で学ぶ理論だけでよいのかという批判がある。もっと実践的な教育内容が必要なのではないかということだ。
HRの働きは事務的なものから、戦略的な重要性をもつものに変わってきた。その中で、HRはよりビジネスに近いところにいないといけないという意識が強くある。ビジネスがもつ意味をよく知り、パートナーとしてビジネスに対して貢献できることを説明することがHRに強く求められている。スウェーデンでは、HRは一番地位が低い部門としばしば言われている。各部門としっかりとコミュニケーションをとりながらアラインメントをとって、ビジネスにインパクトをもたらすことが重要であるといったことが説明された。
LEADERSHIP VERSUS EMPLOYEESHIP
役員などリーダー層にはいろいろな役割が期待されている。一方で、社員にも期待されている役割がある。社員もリーダーシップをもって能動的に前向きに動いていくことが求められている。それがエンプロイーシップという言葉だそうだ。
社員も組織に対して非常に大きな影響力をもっているということから、こうしたことに注目する必要があるのではないかと考えられた言葉ということだが、日本でよく使われるフォロワーシップという言葉に非常に近い言葉ではないだろうか。
社員が参加意識をもってプロアクティブに動いていくということが成功の鍵であり、これはジェネレーションYなど若い世代のタレントを惹きつけることに対しても大きな重要性をもつコンセプトであると思う。
TALENT MANAGEMENT
多くの会社がタレントの重要性を感じているが、タレントマネジメントの共通の認識はスウェーデンの経営層にはないそうで、タレントマネジメントに対する戦略があると答えた経営者は2割ということだ。
タレントマネジメントのプロセスは、HRにとっても新しい作業であり、リクルート、パフォーマンスプロセス、エンプロイーブランド、離職した社員の活動をしっかりと調査し、戦略につなげていく必要性は高まっているということである。
また、従来タレントとされてきたハイパフォーマーに投資をしても、他に出て行ってしまうので、全体を向上させるためには、タレントマネジメントの定義や対象を全体に拡大しないといけないという認識は強まっているそうである。
また、高齢化の進展から、労働市場全体でのタレントの定義も拡大させる流れがあるそうだ。労働市場のアウトサイダーとされる、経験のない若い人、経験が多すぎる55歳の人、移民、障害をもっている人、犯罪歴のある人といったところまで、タレントの定義を広げることで新たなビジネスチャンスが生まれると考えられているのだ。実際にあるファーストフードチェーンでは障害者を500人雇用しようというプロジェクトを実施し、それによって利益もあがり、離職率も減ったそうだ。
THE VALUE OF EMPLOYER BRANDING
適切な人を会社に惹きつけるためのブランディングの重要性を多くの人が認識しているそうである。
なぜ優秀なタレントが自分の会社で働きたがるのかをしっかりと調査して、その結果に基づいて、どういうことに今後取り組んでいったらいいかということを考えるのがHRの役割となっているとのことだ。
SWEDISH HR TOMORROW / WHAT’S NEXT IN SWEDISH HR?
アジャイルが1つの大きなキーワードになっているそうである。
HRが従来から取り組んできたことはもっと敏捷性をもって取り組まれていく必要があるだろうし、なによりも社員一人ひとりがパワーとチャンスを与えられ、コラボレーションを繰り返しながら迅速にアクションを生み出していくことが求められているのだ。それが生産性を高め、次の競争優位性を生み出すと考えられている。
これはトレンドであってまだ結果は見えていないが、近いうちに大きなインパクトを生むだろうと考えられているそうである。
実際に企業の中でも以下のような取り組みが行われているとのことだ。
・年1回の従業員サーベイをやめて、即座のフィードバックを行う文化を創る
・良いパフォーマンスが生まれる環境を創り出せるよう、”Manage”を減らし”Lead”を増やす
・年1回の面談ではなく、いつでも情報を共有したり相談したりする文化の創出
・学習に関する従業員へのさらなる権限委譲