海外カンファレンス報告

HCI PM Innovation Conference 2017

2017/5/16~17の2日間、全米第三の都市シカゴで開催されたカンファレンスでは、パフォーマンス・マネジメントの新しい潮流を加速させるという一貫したメッセージが強く印象づけられるものでした。ほぼすべてのキーノートセッションで、21世紀のビジネス環境において、伝統的な期初の目標設定と期末の評価/段階付けおよび従業員を相対評価のカーブに当てはめた順位付けが機能しないことが繰り返し語られました。控えめに言っても新しいパフォーマンス・マネジメントは、これまでの伝統的な方法と比べてうまく機能しているとシスコ社やGAP社をはじめ登壇した各企業の担当者が強調しました。 そこで本レポートの前段では、このカンファレンスで強くメッセージされていた伝統的なパフォーマンス・マネジメントが機能しない理由を、「伝統的なパフォーマンス・マネジメントが及ぼす心理的な要因」と「21世紀の環境変化による新たな不具合」に分けて整理してみようと思います。

昨年に続き2度目の開催となるPerformance Management Innovation Conferenceが開催されました。主催したのは、ヒューマン・キャピタルや戦略的タレント・マネジメントの領域に関する知見やベストプラクティスを、米国を中心に発信しているHuman Capital Institute(HCI)です。 今回も前回とほぼ同規模(参加者200名ほど)で、その多くが米国企業のHR部門からの参加でした(日本からの参加は1名だけ)。カンファレンスは12のキーノートセッションと、少人数でテーマを深掘りする9つのワーキンググループ、加えて併設されたソリューションブースの3つにより構成されていました。

登壇企業一覧

※A+E Networks
※Booz Allen Hamilton
※Cardinal Health
※CHRISTUS Health
※Cisco Systems, Inc.
※Echo Global Logistics
※Eli Lilly and Company
・Facebook
・Fuel50
※Gap Inc.
※Hudl
・NeuroLeadership Institute
・New York University
※Patagonia
※Protective Life
※Reddit
・SAP SuccessFactors
※The Hershey Company
・Zendesk
(※は事例紹介企業)

伝統的なパフォーマンス・マネジメントが及ぼす心理的な要因

伝統的なパフォーマンス・マネジメントは、社員をレーティング(評価段階付け)やランキング(相対評価)により、心理的に社員同士の競争心を煽り、個人主義を招き、エゴイズムを増幅します。

イーライリリー・アンド・カンパニー社のAlan L. Colquitt博士は、そうした競争心理を煽ることが強みを発揮したのは19世紀や20世紀のことで(その時代には合理性があったが)、知的労働者が組織の枠を超えてコラボレーションしながらイノベーションを生み出す21世紀の社会では、数々の研究報告から逆効果であることが証明されていると指摘しました。

また、今回のカンファレンスを総括したMark Allen博士もレーティングとランキングについて、レーティングは曖昧な基準でしか運用されておらず、さらにVUCAの時代に社員のパフォーマンスをベル・カーブに当てはめること自体が無理であると述べ、加えて社員に「勝ち組」と「負け組」をつくってしまう落とし穴があると指摘しました。

一方で対照的だったのが、フェイスブック社のハイパフォーマンス・カルチャーの共有でした。社員の誰もが会社を「自分の会社」と考えられること。そして、誰のどのような問題も、「誰か」の問題にしないカルチャーがあることが、フェイスブック社の強みであると語られました。そうした信頼の基盤があって、安心してリスク・テイクできる文化が育まれるそうです。彼らの競争ではなく共創を可能にする文化が企業の競争優位性を生み出しているという事例は、まさに21世紀のマネジメントの方向性を会場に連想させるものでした。

Facebook:Mike Rognlien

カンファレンスのオープニング

開催地・シカゴ

Alan L. Colquitt, Ph.D. Director

Mark Allen, Ph.D.

21世紀の環境変化による新たな不具合

上記の競争心を助長する心理的な要因に加え、伝統的なパフォーマンス・マネジメントは21世紀の環境変化に対応できなくなっています。こうした変化についてカンファレンスのキーノート・スピーチから3つの要因を共有したいと思います。

1つ目の要因として興味深かったのが、Fuel50社のCEO Anne Fultonのプレゼンテーションでした。彼女が指摘したのは21世紀の労働(形態)の複雑化です。19?20世紀の労働は今よりもシンプルなものでした。テクノロジーの発展に伴い、21世紀には急速に単純な労働は自動化され、仕事はより専門的で細分化されました。さらにウーバーのようなシェアリングエコノミーが出現し、余剰時間や余剰リソースの流通が可能になり、新しい雇用形態が生まれました。米国では労働者の3人に1人はフリーランスで働いています。そうした労働形態では、期初に目標設定し、半年や1年サイクルで評価する古いマネジメントに当てはめることには無理があります。短いサイクルのゴール設定とリアルタイムのフィードバックが必要な理由がここにあると、彼女は指摘しました。

2つ目の要因は、ミレニアル世代が米国の企業で最も多くの割合を占める世代になったことです。テクノロジーを使いこなし、メッセンジャーのようなリアルタイム・コミュニケーションが当たり前の世界にいるデジタル・ネイティブな世代は、明らかに頻繁なフィードバックと、マネジャーとの親密な関係を求めています。彼らにとって、伝統的なパフォーマンス・マネジメントはリアルではなく、年初と期末のセレモニーと捉えているといった指摘がありました。彼らが気にしているのは、「誰が1番?」ではなく、仲間から自らの存在を認められている(自分が仲間の一員である)こと、そして、みんながフェアに扱われている(評価が透明である)ことです。

3つ目の要因について、ニューヨーク大学のAnna Tavis助教授は、2001年にソフトウェア・エンジニアが世界に向けて発信したアジャイル憲章を紹介し、人々を契約(期初に目標を合意し、期末に達成度で評価する)で働かせる世界から、信頼と協働により価値創造する働き方へのシフトが起こっていると指摘しました。複雑性が高く、未来が不確実なVUCAの時代で新たな価値を生み出すために、失敗から学び、高い主体性と積極的なコラボレーションによって新しい価値を生み出す働き方が求められています。しかし、伝統的なパフォーマンス・マネジメントは、あらかじめ定めた成果に対する責任を契約という創造性と相反するフォーマット(期初で目標を合意/期末に達成度で評価)で縛るため、新しい働き方には合わないと彼女は指摘しました。

これら3つの要因は、21世紀の企業が直面する変化をよく表しているといえるでしょう。また、新しいパフォーマンス・マネジメントに率先して取り組んでいる企業は、こうした変化を早期に感じ取り、率直に社員と向き合っているように思われます。では、それらの企業が伝統的な手法を廃止する替わりに、実際にどのようなパフォーマンス・マネジメントの変革に取り組んでいるのかについて、その共通点と、各社ごとの取り組みの多様性について整理してみようと思います。

Anne Fulton CEO

開催地・シカゴ

Anna Tavis, Ph.D.

Cardinal Health Lisa Briya Vice President

シカゴの街は芸術に溢れていた

新しいパフォーマンス・マネジメントの共通点

今回紹介されたすべての事例で、伝統的な手法を廃止する替わりに実施された共通した取り組みが、「頻繁なカンバセーション」と「ポジティブなフィードバック」です。この2つのキーワードは、数々の研究成果からその効果が証明されています。NeuroLeadership InstituteのDavid Rockは、直近の彼らの調査結果から、質の高いカンバセーションが社員のグロース・マインドセットを育んでいると説明し、それがパフォーマンス・マネジメントに良い影響を生み出していると説明しました。

そこで今回興味深かったのが、キーノートで共有された従業員3万5000人を有するヘルスケアのグローバル企業、Cardinal Health社の実験的な試みです。その試みとは、新しいパフォーマンス・マネジメントを検証するパイロットとして、①簡略した年間の5段階評価をするグループ、②四半期毎の3段階評価をするグループ、③レーティングを廃止し、四半期毎にディスカッションするグループ、④レーティングを廃止し、四半期毎にディスカッションし、さらにレビューのドキュメントも作らないグループの計4つのグループが実際に運用され、その効果について検証が行われたことです。今回の彼らのキーノートでは、このパイロットグループのサーベイの回答結果からパフォーマンス・マネジメントの改善に最も重要なことは、マネジャーとの頻繁な会話であることが示されました。またレーティングをやめたグループのほうが、より大きな改善につながっていることも示されました。

こうした頻繁なカンバセーションとポジティブなフィードバックを中心とした新しいパフォーマンス・マネジメントへの変化について、Mark Allen博士は「Backward-Looking process(後ろ向き志向)からForward-Looking process(未来志向)への変化」と呼び、このシンプルな変化が重要であり、組織に根本的な変化(トランスフォーメーション)をもたらすと述べています。

新しいパフォーマンス・マネジメントの多様性

実際の取り組みは、それぞれの会社の成り立ちやビジネスの状況によって異なります。たとえば、比較的新しい会社で、社員構成がミレニアル世代中心の企業では、比較的容易に(もしくは歓迎されて)この新しい取り組みが受け入れられているように思います。2005年に設立されたReddit社(ウェブサイトへのリンクを収集・公開するソーシャルブックマークサイトの運営)やEcho Global Logistics社(物流)、2006年に設立されたHudl社(動画を使ったスポーツの分析とマネジメントサービスを提供)では、こうした取り組みは当たり前のように行われているという成功事例が紹介されました。

同様にミレニアル世代の課題でも、もう少し歴史のあるやCHRISTUS Health社(カトリック系の医療グループ)の事例では、コーチングやゴールセッティングの手法がより形式化されており、伝統的な手法に慣れ親しんだ社員のチェンジ・マネジメントが意識されているように感じられます。
A+E Networks社(衛星およびケーブルテレビ向けチャンネル運営会社)やProtective Life社(生命保険)の取り組みは、マネジャーやスーパーバイザーがメンバーに寄り添って、目標設定とフィードバックを90日サイクルで行うスタイルでした。こちらは、伝統的なパフォーマンス・マネジメントを短いサイクルで行っているような印象を多少受けます(無論、レーティングやランキングはしませんが)。Protective Life社のStephen Owens氏は、あくまでパフォーマンス・マネジメントはパフォーマンスを高めることにフォーカスした取り組みだと強調しました。

さらに、こうした取り組みをアグレッシブに進化させている企業があるように感じました。そうした企業は新しい価値の創造に重きを置き、失敗を恐れずリスク・テイクすることや、よりコラボレーティブな働き方への変革を目指してフィードバックを重視するといった傾向があります。パタゴニア社の取り組みの紹介では、年間の目標設定と、四半期のストレッチゴール、リアルタイムのフィードバックとさらに四半期のリフレクションが組み合わせられています。彼らの取り組みは一見大変そうに感じられますが、パタゴニアのアグレッシブなカルチャーに合わせた結果、そのようになったとのことでした。また、GAP社では9割の社員が毎月のパフォーマンス・マネジメントのミーティング(Touch Base)を実施し、質の高いフィードバックとパフォーマンスへの効果、学習への効果を実感しているそうです。

このような新しいパフォーマンス・マネジメントの多様性から見えてくることは、パフォーマンス・マネジメントの担当者がビジネスサイドとコラボレーションし、各社それぞれの状況に合わせてアジャイルにその取り組みを進化させていることです。Reddit社 のKatelin Hollowayは、現代のビジネスの価値創造とは、様々な人の支えやコラボレーションにより生み出される共同作業であることを強調していました。ここでのコラボレーションは、まさに人事部門がリーダーシップを発揮して「未来志向」の組織へと変革する、価値創造のコラボレーションの形といえるでしょう。

Gap Inc. Rob Ollander-Krane

HCI:Bill Craib

Chris Mason, Ph.D.

終わりに

これまで新しいパフォーマンス・マネジメントの潮流について、その背景となる環境の変化と新しい取り組みについて今回のカンファレンスで共有された内容を基に整理して来ました。これらから21世紀のマネジメントの向かうべき方向の輪郭がうっすらと見えてきたように思います。個人の短期的な成果を追い求めるパフォーマンス・マネジメントは今のビジネスにどう働くでしょうか? 多くの社員が目の前の評価を気にしていたら、誰が未来を切り拓くために協力してくれるでしょうか? こうした問いに、既存のパフォーマンス・マネジメントがもし機能しないのであれば、今が新しいパフォーマンス・マネジメントに取り組むタイミンクかもしれません。

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