NeuroLeadership Summit 2016
近年、パフォーマンス・マネジメントの変革が進んだ背景には、脳科学(ニューロサイエンス)が進化し、グロース・マインドセットやSCARFモデルのような考え方が、企業経営に取り入れられたことが大きく影響しているといえます。 本レポートで紹介する、NeuroLeadership Summitは、脳科学の知見を適用したリーダーシップ開発の実現を目指した研究機関&コンサルティング・ファームである、NeuroLeadership Institute(以下、NLI)が主催し、ニューロサイエンスに関する最新のテーマや知見、実践事例について、企業や大学、コンサルタントらが、垣根を越えて探求する場となっています。 サミットで見受けられた傾向やインサイトについて、代表的なセッションの内容と併せて紹介いたします。
1. サミットの特徴と今年のテーマ
今年のサミットには、33カ国、257の組織から、704名が参加しているとのことでした。昨年の参加者が、537名であったことを考えると、規模が拡大していることがわかります。
参加している企業も、マイクロソフト、GAP、IBM、P&G、グーグル、アクセンチュア、eBayなど多種多様であり、加えて、ハーバード、コロンビア、ニューヨーク大学などの研究者も多く参加していることが特徴的です。
また、カンファレンスのスタイルも、1人のスピーカーが講演を行うような形式ではなく、複数のスピーカーが壇上に上がり、答えがまだ存在していないテーマに対して、多様な観点からダイアログを行うといった、探求的なスタイルで行われるのも、本サミットならではの形式といえるでしょう。
今年はサミットのテーマに「Rethink the Organization(組織を再考する)」が掲げられました。リーダーシップや、タレント・マネジメント、ダイバーシティ&インクルージョン、学習のあり方など、人や組織に関連するさまざまなトピックについて、これまでの伝統的なあり方を科学的な見地から見直し、新たなあり方が再探求されているところが印象的でした。
2.オープニング:The New World of Work(新しい世界における仕事のあり方を探求する)
「Rethink the Organization(組織を再考する)」のスタートとして、まず私たちを取り巻く新しい世界において、働き方がいかに変わってきているかのトレンドについて探求するキーノート・セッションが行われました。
ハーバード・ビジネススクールの教授で、「チーミング」のコンセプトでも著名なエイミー・エドモンドソン氏を中心に、メディア企業のCEO、シンクタンクの研究者など、多様な人が登壇した本セッションでは、新しい時代の働き方を探求する3つの観点として、「Being Accelerated by Technology(テクノロジーにより加速される)」「More Connected(よりつながる)」「Even Less Predictable(より未来の予測が難しくなる)」が挙げられ、それぞれごとにダイアログが行われました。
ダイアログの中では、1500万人がモバイルデバイスのみで仕事をしている、4つの世代が職場に同居している、今存在している多くの仕事がこの世から姿を消し、今はない仕事が新たに生まれようとしている、企業は今では2か年計画をつくるのがやっとだが、それすらもフォローしていないといった、物理的・生成的に複雑性の高い現在の状況が話し合われました。
そうした環境に、私たちがどう向き合うのかについて、個人的には、エイミー・エドモンドソン氏のダイアログが印象に残りました。エドモンドソン氏は、この世界で私たちが成長していくには、異なるマインドセットをもたなければならないと説きます。それは、「Execution as learning(学習としての実行)」というマインドセットです。
私たちは、未来に向けた崖の手前に立っています。そして、誰もこの崖の先に何があるのかを知らないのです。私が行うすべてのことは実験です。実験によって速く学ぶのです。間違いを犯すことは恥ずかしいことではありません
先行きが不透明な環境の中で、私たちが行為の中から学ぶマインドセットを確立していくことの重要性を述べられていたところに、私は共感しました。そして、エドモンドソン氏は、組織やチームのあり方が、大きく変化する時代において、「チーム」ではなく、「チーミング」が大切であると説きました。新しいチーミングのコンピテンシーは、トラストを「Swift(素早く)」築くことにあり、素早くお互いのことを理解して、自分が知っていることを共有する。こうしたコンピテンシーを高められると、チームのあり様が変化し続け、Changeに適応できると述べていました。「チーミング」のコンセプトは、あらためて注目してみたいところです。
コラボレーションに関しては、ニューロリーダーシップ・インスティチュートのジョシュ・デイビス氏が、「Cognitive Overload(認知負荷)」についても言及していました。コラボレーションが増える一方で、そのことが私たちの認知負荷を増大させることにつながる恐れを、脳科学のデータなどを用いながら解説するとともに、私たちが、いかに変化するか、相互に関わるか、チャレンジにアプローチするかを学ぶことによって、そうした負荷を減らすことができる可能性について述べていました。
また、後半でCEBのディレクターのブライアン・クロップ氏が述べていた、次のような視点も興味深かったです。
ここ数年、投資アナリストが、CEOに尋ねる質問の中で、『タレント』に関するものが大幅に増えています。今の世の中では、ビジネスプランには先の自信はもてません。成功している企業は、良いタレント戦略をもっています。タレント戦略が、ビジネスモデルよりも重要な意味をもつようになります
これに対して、エドモンドソン氏は、「現在はタレントを過大評価していて、ラーニング過小評価している」と述べ、ラーニングの重要性や、そのために「心理的安全」を築くことの重要性を述べていました。
未来が不透明になるNew World of Workの中で、マインドセットやコラボレーションのあり方、タレントやラーニング、そしてカルチャーといったものに、ビジネスプランや組織構造といったもの以上にフォーカスが当てられている様子が見受けられ、今後に向けた重要な示唆をいただいたように感じました。
3.フィードバックを再考する
オープニングのダイアログを踏まえて、さまざまなトピックが探求されましたが、「Feedback that Works(機能するフィードバック)」では、パフォーマンス・マネジメント革新の要の1つである、「フィードバック」のあり方が再考されました。
セッションのスタートとして、発達心理学の権威であり、日本では『なぜ人と組織は変われないか』(英治出版、2013年)の著者として著名なロバート・キーガン教授が、「VUCAワールドの今日において、人と組織が持つ可能性を解放していくことが重要であり、フィードバックのクオリティーがそのための重要な先行指標となる」と述べ、フィードバックがなぜ重要なのかを語りました。
しかし、その一方で、ニューロリーダーシップ・インスティチュートCEOのデイビッド・ロック氏は、これまでのフィードバックが効果的に機能してこなかったことに警鐘を鳴らします。
ギャラップ社の調査によると、フィードバックを毎週受ける社員は全体の20%以下だが、その中で、フィードバックが役に立っていると答える人は27%に過ぎません。フィードバックは、効果がないか、事態をより悪化させるかのどちらかであるといった報告もあります。マネジャーは、フィードバックの重要性が奨励され、トレーニングを受けるが、40年間事態は変わっていないのです
そして、デイビッド・ロック氏は、これまでのフィードバック・モデルを見直したり、神経科学者や心理学者などへのインタビューやクライアントとの実践を通じて、これまでの私たちのフィードバックへの考え方が間違っているのではないかと主張します。「私たちは、人間はそもそもフィードバックが嫌いなものだと捉えていました。そうではなく、他人から指摘されるのが嫌なだけなのです。これまでのフィードバックは、フィードバックを与える人の主導で行われてきてしまった」という点を指摘しました。
そして、1つの仮説として、「フィードバックを与えることを奨励するのをやめて、フィードバックを求めることを奨励し始めよう」という案を提示しました。
トップ・パフォーマーほどフィードバックを積極的に求めようとします。フィードバックを求めることにフォーカスすることで、与える人・受ける人の両者が恐れを手放せたり、より素早く定期的に行われたり、バイアスを少なくしてできるだけたくさんの人からフィードバックをもらえるようになります
最後にロバート・キーガン氏から、フィードバック文化を創ること、そのために仕事に関して結び直す必要のある10の社会的契約が紹介されました。たとえば、「人と組織は互いに貢献し合って成長できること」「セカンド・ジョブをやめる(※セカンド・ジョブとは、良く見られたいと思って頑張ること)」「自分が完璧だから採用されるのではなく、より良くなれるから採用されるのだということ」「仕事をPractice(練習)だとみなすこと」などが挙げられ、参加者から多くの共感を得ていました。
フィードバックのあり方は、カルチャーの変革において、非常に大きな意味をもつものです。昨今はLearner Centeredなラーニングのデザインが注目を集めていますが、フィードバックについても、与える側の主導ではなく、受ける側が主体的に行えるような環境をいかにつくるかが、今後の大きな問いになってくるように感じました。
4.リーダーシップ開発を再考する
フィードバックに引き続き、「Reboot Leadership Development(リーダーシップ開発を再起動させる)」のセッションでは、リーダーシップ開発のあり方が再考されました。
スタートは、i4cp社のジェイ・ジャムログ氏から、リーダーシップ開発の現状についての問題提起がありました。
昨今では、5500万ものリーダーシップ開発に関する論文があり、2015年には、リーダーシップ開発に160億ドルもの予算が費やされています。しかし、リーダーシップ開発はその効果を十分に生み出せないままでいます。それはなぜか。リーダーシップ開発は伝統的にコンピテンシーモデルからスタートするが、現在は、ビジネスの能力以上に社会的な関係性が違いを生み出しています。グローバル・マインドのリーダーには、社会的なスキルが求められるのです
また、デイビッド・ロック氏は、リーダーシップ開発の伝統的なやり方を見直して、新たなあり方を模索することを提唱しました。たとえば、コンピテンシーに基づいた完璧なフレームワークを創るのではなく、記憶に残るものにすることの重要性を説きます。言い方を変えると、複雑なコンピテンシーモデルを捨てて、よりシンプルで意味があり、働く人々に残るものにしていくという方向性が示唆されたと思われます。「リーダーが常に思い返したり、見返せるものにする必要があるのです」とデイビッド・ロック氏は述べます。
同様にトレーニングも、コンピテンシーモデルに基づいて、何十ものプログラムを並べるのではなく、基本的なものに絞って、一貫性のある学習のデザインを行っていく必要性が述べられました。そして、実際の取り組み例として、マイクロソフト社のジョー・ウィッティングヒル氏が登壇し、自社の例を紹介されました。
マイクロソフトでは、新たなミッションの実現に向けて、カルチャーの変革を大切にしています。それは、働く人々が、グロース・マインドセットになり、よりカスタマーにフォーカスが向かい、1つのマイクロソフトになり、違いを生み出せるようなカルチャーです。そして、そのためには、リーダーシップが不可欠です。私たちはリーダーシップのプリンシプル(原理)を3つに絞りました。Create Clarity(透明性を築く)、Generate Energy(エネルギーを生み出す)、Deliver Success(成功を生み出す)の3つです。リーダーシップは、リードすることを望む人すべてに関わるものなのです
特にマイクロソフトの取り組みについては、参加者の多くが関心を寄せ、質問していたのが印象的でした。これまでの複雑化したリーダーシップ開発を、よりシンプルなものにしていこうというメッセージや実践例に、本質的なものを感じることができました。
5.パフォーマンス・マネジメントの変革は価値があるか?
このセッションでは、パフォーマンス・マネジメントの変革に取り組んで、2年以上たつ企業に対するリサーチ結果をもとに、実際に2年以上かけて取り組んでいる企業(ブーズアレンハミルトン、マイクロソフト、GAP、シグナ)のHR同士がダイアログを行い、パフォーマンス・マネジメントの変革に価値があったかのかどうかについて探求しました。
セッションの中では、ニューロリーダーシップ・インスティチュートの最新のサーベイにおいて、変革を通してどのような結果が生み出されているのかが紹介されていましたので、ここではその一部を共有します。
会話のクオリティーと頻度が高まっている
企業がパフォーマンス・マネジメントの変革に取り組む理由のうち最も多いのが、会話の量と質を高めたいというところにあります。実際に2年以上取り組んだ企業の100%で、会話の質に向上が見られたそうです。また、頻度については83%の企業が上昇していて、17%はこれまでの頻度が維持されたという結果が出ていました。
エンゲージメントが高まっている
エンゲージメントを公式にトラッキングしている企業においては、100%エンゲージメントに向上が見受けられたそうです。また、エンゲージメントと企業の収益性との相関関係も、別のサーベイで明らかになっているとのことでした。
給料の差別化
個人の給料に差をつけることに関しては、80%が差が広がり、20%が変わらなかったという結果が紹介されていました。マネジャーへの権限委譲や支援が進んだことが背景にあるのではとのことです。
価値
変革に取り組んだ100%の企業が、取り組む価値があったと答えたそうです。
また、現在のトレンドとしては、「マネジャーの能力やアカウンタビリティの向上」「マネジャーへの権限委譲」「タレントのレビューに、より大きな関心が向かっている」「文書化やコンプライアンスが軽くなってきている」「ツールやトレーニング、テクノロジーはよりシンプル化している」といった方向性も共有されました。
6.未来のパフォーマンス・マネジメントに向けたテクノロジー
パフォーマンス・マネジメント革新の領域では、ITの活用が大きなポイントとなります。こちらのセッションでは、BetterWorks社、HighGround社、Reflektive社という、パフォーマンス・マネジメントのシステムやアプリケーションを提供する3社のCEOが、自社の考えやサービス、事例を紹介しながら、パフォーマンス・マネジメントにテクノロジーをいかに適用していくかに焦点が当たりました。
BetterWorks社からは、「Goal Science Thinking(科学的なゴールの考え方)」を中心とした、自社の考え方やサービスが紹介されました。MITスローンスクールのダン・スル氏から知見を得ているとのことでしたが、適切なゴールの設定には、Connected(つながる)、Supported(サポートされる)、Progress-based(進化に基づく)、Adaptable(適合できる)、Aspirational(熱望している)の5つの要素が大切になってくるとのことでした。BetterWorks社では、こうした考え方をもとにサービスのデザインを行っているようです。伝統的なSMARTのような考え方との違いが興味深かったです。併せて、ゴールを設定したり、他者とゴールをシェアすると達成度が高まるといったデータなども紹介されていました。
また、2社目のHighGround社は、ゴール設定、チェックイン、リアルタイム・フィードバックを組み合わせながら、継続的でアジャイルなパフォーマンス開発を行う際の考え方や実際のシステムが紹介されていました。ニューロリーダーシップ・インスティチュートとも組んで、脳科学の知見も取り込んでいるようです。
具体的な実践として、パタゴニア社での取り組み例が紹介されていました。パタゴニア社では、コンパスという、クオーターごとのチェックインを中心としたパフォーマンス・マネジメントを立ち上げていて、それをHighGround社がシステムの面からサポートしたとのことです。大半の社員がチェックインの会話を気に入っていたり、多くのフィードバックが行われたり、個人の成長が可視化できるようになったといったインサイトが共有されていました。また、高いボーナスを得ている人は、同僚から多くのフィードバックを得ていたり、マネジャーとのチェックインを完了させているといった相関関係なども紹介されていました。
3社目のReflektive社は、ディズニーの元社員であったラジーフ・ベヘラ氏が、当時の自身の経験を踏まえて立ち上げた会社だそうです。同社が提供するシステムも、前の2社とともに、リアルタイムのフィードバックやチェックインの促進、ゴールのアライメントなどのエッセンスを大切にしていましたが、特に、Human Resourceを、人的資源ではなく、「Resources for Human(人のための資源)」と位置づけ、Employee Experienceをもとに、自分たちの役割を働いている人々が資源を通して最大限に高めていくことに置くなど、フィロソフィーを大切にしているところが伝わってきたように思います。
Reflektive社に限らず3社すべてが、システムの導入ではなく、カルチャーの変革やコラボレーションの向上といったフィロソフィーを大事にしており、パッケージで導入するのではなく、丁寧に導入していくプロセスを通じて、変化を生み出していくことを大事にしているのが印象に残りました。
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以上、ここまでサミットの概要をお伝えしました。
2日間のサミットを振り返ってみると、これまでは主にパフォーマンス・マネジメントのあり方を脳科学の知見を用いて見返し、それを実践するところが大きなテーマとなっていたように思います。しかし、今年はそうした科学的な再考の動きが、たとえばフィードバックのあり方、リーダーシップ開発、コラボレーション、ダイバーシティ&インクルージョンなど、幅広い領域に広がってきているような流れを感じることができました。日本においても、そうした観点から探求の幅を広げていきたいと思います。