Performance Management Summit 2017
2017/06/14に、米国カリフォルニア州サンタクララにて、「パフォーマンス・マネジメント・サミット2017」が開催されました。本サミットは、脳科学の知見を活かしたリーダーシップ開発の研究と実践に取り組んでいるニューロリーダーシップ・インスティチュート(以下、NLI)主催の下で行われ、131の組織から約200名が参加しました。参加者の多くは、企業で実際にパフォーマンス・マネジメントの変革に取り組んでいる実践家の方たちで、マイクロソフト、GE、アドビ、シスコ、IBM、Ebay、Linked-in、ダウ・ケミカル、テスラ、パタゴニアをはじめとした多様な企業で構成されています。 本サミットでは、こうした実践家たち同士の議論を通して、パフォーマンス・マネジメントの変革に関する最新の傾向や多くのインサイトが見受けられました。以下に参加レポートとしてその概要を紹介させていただきます。
サミットの特徴
本サミットで特徴的だったのは、パフォーマンス・マネジメントを大きく括って考えるのではなく、パフォーマンス・マネジメントのプロセスを構成するいくつかのフェーズに分け、それぞれのフェーズごとに、実践企業から経験や得られたインサイトが語られ、議論を深めていくという、これまで以上に実践的な形で行われていたことです。具体的には、以下のようなテーマごとに、パネル・ディスカッションが実施されました。
(1) 次世代の「ゴール・セッティング」のあり方
(2) 継続的な「フィードバック」:フィードバック・カルチャーをいかにつくるか
(3) より質の高いカンバセーションを行う
(4) パフォーマンス・マネジメントからバイアスを取り除く
(5) コンペンセーションを見直す
そして、プレゼンテーションはほとんど行われず、各テーマに3~5名のパネラーが登壇し、実践のストーリーが語られたり、パネラー同士の対話が行われました。では、各テーマにおいてどのような議論が行われていたでしょうか。1つずつ見ていきたいと思います。
(1)次世代の「ゴール・セッティング」のあり方
VUCAの時代にゴールをいかに設定するのか、ゴール設定を通じて何を実現していくのかは重要であり、関心の高いテーマといえます。NLIのハイディ・グラント・ハルバーソン博士は、セッションの冒頭に、人のコミットメントと意識に頼ったこれまでのゴール設定のあり方へ問題提起を行うとともに、脳科学の観点から見たゴール設定のポイントを紹介していました。具体的には、「覚えやすいこと(脳に負荷が少なく、かつ意味を想起させるもの)」「一貫性があること(各ゴール同士の整合性が取れていること)」「自分がどこに向かおうとしていて、今どこにいるかが明確になっていること」「行動する機会と結びついていること(いつその行動を取るかがわかること)」といった観点が挙げられていました。
そして、実践家からも多様な取り組みの様子が話されました。パフォーマンス・マネジメント変革のパイオニア的存在であるJuniper Networksのジェフ・ヤコブ氏は、ゴール設定が、働く人の重荷になっている状況を課題と捉え、ゴール設定をできるだけシンプルにしていると語ります。そして、単にゴールを立てることを目的とするのではなく、「自分に何が期待されているのかを理解する」「その期待に対してどれくらいパフォーマンスを上げているのかを理解する」「自分がパフォーマンスを向上させることができると信じられるようになる」といった視点をもつことの重要性を述べました。また、Juniper Networksでは、4C(Career、Capability、Connection、Contribution)を大切にしているが、ゴール設定で使われるのはほとんどがContributionの視点であることを受けて、他の3つに関してもゴールを立てられるようにするなど、ゴール設定の幅を広げていく工夫が語られました。
また、GEデジタルのミーガン・グレゴルツィク氏は、GEではすでにゴールという言葉を使わず、「プライオリティ」という言葉に変え、顧客のプライオリティに応えていくことでビジネスのリザルトを生み出すこと、1回設定したら終わりではなく、アジャイルに変え続け、適応していくことへのチャレンジが話されました。また、プライオリティを一人で考えるのではなく、周囲の人からインサイトをもらうことの大切さを述べていたことも印象に残りました。
セッションの最後には、パフォーマンス・マネジメントをテクノロジーから支えるBetter Works社のクリス・ダッガン氏から、オープンにゴール設定をすることの重要性が話されました。同社のデータをもとに調べてみると、ゴールをオープンにしている組織は、個人に閉じている組織と比較して20%パフォーマンスが高かったそうです。ゴールをオープンにし、自分たちが何に取り組もうとしているかを共有することで、協働が進むとのことでした。
全体を通して、様々なポイントが語られましたが、特にゴールをSocialize(社会化)していくことの重要性が印象に残りました。
(2)継続的な「フィードバック」:フィードバック・カルチャーをいかにつくるか
フィードバックを通して、人々の成長を促していくことは、パフォーマンス・マネジメント革新の要の1つといえます。これまでもマネジャーは、より多くのフィードバックを与えることを奨励され、そうしたトレーニングを受けてきました。しかし、そうしたプログラムが効果を上げているとは言いづらく、世界的にもフィードバックは大きな問題のままといえます。
NLIのデイビッド・ロック氏は、「重要なファクターは、いかにフィードバックを与えるかではなく、フィードバックを与えるストレスをいかに削減するかにある」と述べます。そして、フィードバックを与えることを奨励するのをやめて、フィードバックを求めることを奨励し始めようと提唱しています。フィードバックを求めることにフォーカスを当てることで、恐れが減るとともに、たくさんの人からフィードバックを得ることでバイアスが減ったり、フィードバックを受ける人が自分でコントロールできる感覚をもったり、フィードバックを与える側も貢献感が高まるといった効果を指摘していました。
また、パネル・ディスカッションでは、実践家たちからフィードバックに関する様々な観点が語られました。マイクロソフトのリズ・フリードマン氏は、デイビッド・ロック氏の主張に共感を示し、マイクロソフトでは、「Just Ask」という文化を大切にしていると述べました。また、フィードバックの恐れを取り除くために、フィードバックという言葉ではなく、Perspective(視点)という言葉を使うようにしているということが印象に残りました。また、IBMにおいては、感情を分析するTone Analyzerを活用しようとしていることが紹介されたり、Ciscoでは、チェックイン時に自分の部下がどういう行動を取っていたり、貢献をしていたりするのかがわかるようにするなど、テクノロジーを通してフィードバック・カルチャーを生み出していくことの可能性についても言及されていました。
これまでのような一方的なフィードバックではなく、与える側、受ける側、双方の恐れがなくなり、学びを深められるようなフィードバックのあり方や、それを一時的なものとせずにカルチャーにしていくには何が大切なのか、どんなアプローチが考えられるのかといったことが、今後も探求されていくように思われました。
(3)より質の高いカンバセーションを行う
このセッションでは、多くの実践家が登壇し、「素晴らしいカンバセーションを行うために必要なものは何か」といった観点で議論が行われました。
NLIのデイビッド・ロック氏は、これまでのリサーチ結果から、「恐れを取り除くこと」「成長にフォーカスを当てること」「インサイトを生み出す問いを投げかけること」の3点の重要性を示します。そして、具体的に各社がカンバセーションについて、どのようにトレーニングを行っているのか、どんな戦略を取っているのか、どのようにトラッキングしているのかといった観点について探求していきたいという期待がパネラーに投げかけられました。
CA Technologiesのキャサリン・グッゲンハイム氏は、カンバセーションを促進させるために様々なツールや機会を提供していると述べます。カンバセーションは、マネジャーとメンバーのパートナーシップで行われるものであると捉え、特にマネジャーだけに学ぶ機会を提供するのではなく、「Program to Everyone(全員へのプログラム)」となるように、リソースページを充実させたり、インターナルなSNSで人々が学び合える環境を創るなどの取り組みを行っているとのことでした。
また、カンバセーションを軸にしたパフォーマンス・マネジメント革新の草分け的な存在であるAdobe社の取り組みについて、同社のアンジェラ・ツィムジアック氏から紹介がありました。たとえば、チェックイン・ラボと呼ばれる1時間のバーチャル・ラボでは、2人のコ・ファシリテーターがロープレを行い、その様子を見ながら、マネジャー、メンバーの双方が学習できるようになっていたり、ウィメンズ・エグゼクティブ・プログラムの中では、具体的でシンプルなフィードバックをもらう方法について教えていたり、マネジャー・トレーニングの中では、マネジャーが質問する際のポイントを学んでいるとのことでした。そして、すべての取り組みにおいて、Simple(シンプル)、Relevant(関連がある)、Actionable(すぐに実行できる)という3点を重視してきたといったことが語られました。
eBayのマリアンヌ・ジャクソン氏は、役割をシフトさせることの重要性を話します。リーダーたちには、「あなたたちの役割はシフトしており、すべての人がサクセスできるような環境を創ることにあるのです」と語り、グロース・マインドセットを育もうとしていることが述べられました。また、カンバセーションのあり方については、単に穏やかで優しい会話を増やすのではなく、「関係性を高めること」と「エクセキューション(実行力)を向上させること」の両方の間にテンションを保つことが重要であるということを強調していました。そして、上述したグッゲンハイム氏同様、カンバセーションは、リーダーとメンバーのパートナーシップの下に成り立つものであり、双方がパワフルな質問を投げかけることが重要と述べ、職位を問わず全員に対して、同様のプログラムを展開していきたいと語っていました。
カンバセーションについても、マネジャーだけではなく、全体的にアプローチしていくことへの重要性が高まっていることが感じられたセッションでした。
(4)パフォーマンス・マネジメントからバイアスを取り除く
NLIでは、これまでもダイバーシティ&インクルージョンの文脈の中で、アンコンシャス・バイアス(無意識のバイアス)に関する多くの知見を紹介してきました。今回は、それをパフォーマンス・マネジメントの文脈の中で考えるセッションが行われました。冒頭に、ハイディ・グラント・ハルバーソン博士から、「従来は、バイアスに対する気づきを高めることで、人のバイアスを減らすことを支援できると考えられていました。しかし、科学的な見解からは、『人』からバイアスを取り除くことは難しく、『プロセス』から取り除くことが重要であると示唆されています」といった視点が述べられ、パフォーマンス・マネジメントのプロセスの多くがバイアスを生み出していることに対する問題提起がなされました。
その後に続くパネル・ディスカッションでは、LinkedInのケビン・デラネイ氏から、バイアスを取り除くために、人々の相互理解を深めることと、データを活用することの両方の重要性が語られました。データ・ドリブンなカルチャーをもつ同社では、多様なインプットをもとに、エグゼクティブによる頻繁なタレント・レビューが行われていることが紹介されました。
North Highland Consulting社のCHROであるメアリー・スローター氏からは、いかにエグゼクティブのバイアスを取り除いていくかの取り組みが紹介されていました。エグゼクティブがもつ固有のバイアスを減らし、彼らの視点を広げるためにも、直接のレポートラインではない人に対するコーチングの機会を提供したり、仕事とは直接関係のない人の情報も集めてディスカッションにつなげたり、パフォーマンス・レビューのディスカッションは2日間をかけて行うことで、性急に結論を出さないようスローダウンするといった工夫が共有されました。
また、Providence Health & Servicesのクリスティ・ザイグラー氏からは、同僚同士によるピア・フィードバック・プログラムを導入し、バイアスを取り除くことに貢献しているといった点も紹介されていました。
バイアスは必ず存在するものであることを認識し、パフォーマンス・マネジメントのプロセスの中に多様性を確保し、様々な視点を入れ込んでいくことで、バイアスを取り除いていこうとしている動きが多く見受けられたように思います。
(5)コンペンセーション(報酬)を見直す
パフォーマンス・マネジメントを検討する最後のフェーズとして、報酬がテーマに取り上げられました。最初にNLIのジョシュ・デイビス氏とアシュリー・ウィルムス氏から、ナレッジ・エコノミーにおける私たちの働き方と、現代の報酬に対する考えがうまく合っていないことへの課題意識が共有されました。その中で、報酬はモチベーションとイコールではなく、報酬によって逆にモチベーションが下がってしまうということがニューロサイエンスの知見などと併せて説明されました。そして、報酬のあり方を見直す上では、報酬そのものではなく、報酬を公平と感じるかどうかの認知を高めていくことがより重要であるという考えが紹介されました。
パネル・ディスカッションでは、Audodesk社のテッド・スローター氏から、同社がノーレイティングを導入する際、報酬の考え方について丁寧に粘り強くマネジャーとコミュニケーションを取って議論を重ねた過程が述べられていました。特に、プロモーションとはどんな意味があるのか、評価とはどんな意味があるのかといったことをマネジャーと話し合うことに多くの時間を割いたとのことでした。
また、Patagoniaのクリス・メイソン氏からは、レイティングをやめるとともに、マーケットに応じてベースの給与を設定していく同社のアプローチが紹介されていたり、RingCentral社のミルコ・グロス氏からは、報酬の話をする前に、いかに年間を通してのインパクトを高めるかの会話を行うことの重要性やそのための質問など、運用面でのアプローチが共有されていました。
本サミットを通じてOne Size Doesn’t Fit All(すべてに適するサイズはない)といった点が強調されていましたが、報酬の考え方も正解がなく多様であり、自社の実現したい状態に合った議論を重ねていくことの重要性が多く語られていたように感じました。
ここまでパフォーマンス・マネジメント・サミットでの議論の様子をダイジェストで共有しました。今回は、各社の事例を1つずつ見ていくのではなく、それぞれのテーマごとに、各社がどんな取り組みを行っているのかを並べ、深堀りすることで、パフォーマンス・マネジメント革新の営みをより立体的に見ていこうという試みだったように思います。パネル・ディスカッションに登壇する企業の数も飛躍的に増えていたのも印象的でした。こうした米国の実践企業の動きや議論の様子を眺めてみると、すでにパフォーマンス・マネジメントを変革する必要性やコンセプトを議論する段階は終わりを迎え、より詳細で、具体的なテーマにおいて、価値を生み出すためのレバレッジが何かを検討する「実践フェーズ」に入っていることを実感できたような気がします。今後は、日本においても同様な議論を進め、インサイトを得ていく場を設けていきたいと思いました。