ゴルフダイジェスト・オンラインの環境変化に揺らがない対話のカルチャーと価値を生み出す人事制度の実践(前編)
2020年、世界は新型コロナウイルスにより翻弄された年でした。世界中に瞬く間に広がったウイルスは、経済を支える人々の交流を大きく制限し 、経済のみならず 私たちの日常生活を大きく変えることとなりました。日本の多くの企業でも、新型コロナを前提にした働き方の必要に迫られ、リモートワークによる新しい働き方が広がったように思います。そのような中、上司・部下のコミュニケーションや人事評価の運用が、これまで通り機能しなくなりつつあるという話も聞かれるようになりました。今回、2020年2月から全社でのリモートワークに取り組んでいる、日本最大級のゴルフポータルサイトを運営する株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン(以下 GDO)に、お話を伺いました。
会社のビジョンや働き方という根底となる考え方を大事にしながら、それを実現するためのカルチャーや施策を地道に実施し続けたので、リモートになっても、コミュニケーションの量や質で大きく混乱することはありませんでした
GDOでは、元々リモートワーク制度を導入していましたが、社員の一部の人が利用している状態でした。その後、特定業務を除き、原則フルリモートでの勤務体制を導入し、大きな混乱なく新しい働き方に移行しました。その背景には、対話を中心とした組織文化やマネジメント、人事制度の設計や運用を数年にわたってチャレンジしてきた歴史があるということです。今回のインタビューでは、コロナの影響下でどのような変化が起きたのか、その変化を支えたパフォーマンス・マネジメントの変遷をお聞きしました。
リモートワークが前提となる中で、人と組織の可能性を引き出し、新しい価値を生んでいくためには、何が大切になるのでしょうか。今回は、2020年10月16日に行ったGDOのお二人のインタビューを、前編と後編に分けてお届けしたいと思います。
コロナ禍でもコミュニケーションの量・質が変わらなかったのは、対話をベースとしたカルチャーがあったから
—今日は、コロナ禍で起きていたことや、その背景となるこれまでの取り組みについてお伺いしたいと思います。まず、コロナの影響による取り組みを始めたのはいつごろでしょうか?
陣野さん:2020年2月末に原則フルリモートに切り替えたので、対応は早かったほうだと思います。これまでもリモートワークの制度はありましたが、選択肢の1つだったので活用状況はバラバラでした。4月から、新入社員を含めてほぼ全社員がフルリモートというのは、一番大きな変化だったと思います。
秋山さん:「明後日からフルリモートね」となって一瞬どきっとしましたが、実際にはリモートワークの準備ができていたということと、IT部門の方たちの準備と努力もあって、環境面も不自由なくそのまま入れました。今までは、「やりたいけど、できるの?できないの?」という議論がありましたが、コロナの影響で一気に進みました。
―IT環境という意味では、すぐに導入ができたということですね。多くの会社が、リモートワークの中でマネジメントやコミュニケーションにハードルを感じているようですが、そのあたりはいかがでしたか?
秋山さん:まさにそこが大切なところでした。コロナ禍以前から、会社のビジョンや働き方という根底となる考え方を大事にしながら、それを実現するためのカルチャーづくりや施策を地道に実施し続けていたので、リモートになっても、コミュニケーションの量や質で大きく混乱することはありませんでした。
評価のプロセスや方法も、定量的な数字を見るだけではなく、「1on1」などを含めた対話がなければ評価が成り立たないようなものにしていましたので、僕の主観もありますが、マネジャーの方からメンバーに対話の場を持とうと働きかけることができていた気がします。
ただ自分の感覚だけではなく、実際のところはどうだったのかを知るために、半期の人事評価が終わった段階で、過去 10 年くらい取り続けている、評価とコミュニケーションに関するサーベイに、前年と比較して上長とのコミュニケーションに変化があったかを問う項目を追加しました。結果、コミュニケーションの量は去年よりも「下がった」という回答が全体の25%ありましたが、質に関しては「下がった」という回答は10%でした。50%は「変わらない」、40%はむしろ「上がった」という結果だったんです。
評価の納得度は、コミュニケーションの質とフィードバックの具体性が生み出す
—そのサーベイについて、他の項目も含めて、どんな結果や気づきがあったかを詳しく共有していただけますか?
陣野さん:全体的な総括でいうと、評価については「納得している」が約90%、「納得していない」「どちらかと言えば納得していない」は合わせて約10%程度でした。コロナ禍でのコミュニケーションの変化については、会議が増えたとか、コミュニケーションをきちんととるように努力しているなど、以前よりも皆が意思疎通を図ろうとしているのを感じているようでした。今回の状況を機会として捉えて、コミュニケーションのあり方をポジティブに変えていこうとしている組織が多いなという印象でした。
秋山さん:このサーベイは10年くらい経年で実施しているのですが、「どちらかと言えば納得」から「とても納得」に割合が移ってきています。これは、マネジャーがメンバーとしっかり対話してくれている証しなのかと思っています。
―コロナ禍でも下がらなかった「評価への納得度」と「コミュニケーション」との関係性を見たときに、何か傾向はありましたか?
陣野さん:「評価に納得していない」と答えた層は、「ボギー(評価が低い)※GDOでは評価の段階をゴルフ用語に当てはめています」の割合が確かに多いのですが、納得している層にもボギーの人はいました。では、何に相関関係があるのだろうと調べてみると、納得している層は「具体的なフィードバックがありましたか」という質問に「はい」と答えている人が多く、納得していない人は「いいえ」の割合が圧倒的に多かったのです。
納得しているかどうかは評価の結果の良し悪しではなくて、フィードバックが本人の成長にとってプラスになるものかどうかが大切であることがわかりました。あと、全社傾向としては、評価の納得性は、フィードバックやコミュニケーションの回数や頻度以上に、コミュニケーションの質とフィードバックの具体性に相関があることがわかりました。
また、フィードバックはその場で行うというのも大切だと感じました。たとえば、毎月の「1on1」を実施せず、期末にまとめてフィードバックを行ったマネジャーがいたのですが、フィードバックがうまく伝わっていないようで、メンバーの納得度が下がっていました。その場で伝えず、後になって「あのとき、ああだったよね」と言っても伝わらないんですよね。
うまくいくかわからないけど、まずやってみる。オンラインで生まれた400名のつながり
―評価という意味でのコミュニケーションについてお聞きしてきましたが、その他にもリモートの環境下で行ったことはありますか。
陣野さん:「shine会」という、社員400名をZoomでつないで、キャリアについて考えるセミナーや、横のつながりを生み出すワールド・カフェのような取り組みを行いました。
秋山さん:会社として、コロナ禍を乗り越えるための組織変更や人事異動をせざるを得ない状況になったことが、事の発端です。どのように社内に伝えていこうかと考える中で、経営陣が会社の現状をオープンに伝えながら、この状況から学びを得ることはできないかと考えました。大切なこのタイミングで、社員一人ひとりが「なぜ、GDOという船に乗るのか?」をじっくり考える場をつくりたいと思ったのです。そこで、外部からキャリア論の先生をお呼びして、学びの場を持つことにしました。また、リモートワークが続いて横のつながりが絶たれてしまっていた状況もあり、全社員約400名をZoomでつないでコミュニケーションをとる企画を考えました。ちょうど今期のテーマが「shine on」であったことや、社員のための場であるという意味で「shine会」という名前にしました。
―実際にやってみて、いかがでしたか?
秋山さん:Zoomを初めて使う人もいて一部混乱もありましたが、「ナイストライだった」といろんな方に言ってもらえて、毎月やっていこうという話になりました。そして、2回目以降は、人事主導ではなく、部門が特色を出して主催していく方法にしていこうという思いのもと、会のやり方も変わっていきました。ある部門が主催したときには、自部門の取り組みを共有したことが、部門メンバーのモチベーションにつながりました。また、ある部門は「やりきる!」というカルチャーを大切にしていて、笑いをとったり楽しい会にしようとしたり、コミュニケーションに振り切った内容を企画して、部門のカルチャーを伝えることにもつながっていきました。
これまで部門主催で3回行いましたが、直近で主催した部門の企画では、話し合いたいテーマを社員から募ったところ、90ものテーマが集まったんです。その中から、趣味や気になっていることなど30ほどのテーマを選定して、300名ほどの参加者がグループに分かれて話し合いました。そして、その会だけでは終わらず、同じテーマで話した社員同士が自分たちでTeamsにグループをつくり、仕事外のコミュニケーションが始まったりしています。出社しているときは、廊下ですれ違った際など、ちょっとした話をする機会がありましたが、これからはオンラインで偶発的な出会いやつながりをつくっていきたいと話しています。
前編では、フルリモートの環境の中で、コミュニケーションの質と量を支えた対話のカルチャーについて、お話を伺いました。10年続けているサーベイにおいて、コロナ禍でも評価への納得度が下がらなかったことは驚きでした。評価の納得度に影響するのは、コミュニケーションの量や頻度ではなく、具体的なフィードバックと日頃のコミュニケーションの質が大切というお話は、こうした状況だからこそ、あらためてマネジャーの役割について大切なことに気づかせてくれるように感じました。後編では、そうしたカルチャーがどのように育まれたのか、GDOでのパフォーマンス・マネジメント革新の取り組みと、人事として大切にしている考え方やあり方について伺っていきたいと思います。