新たな人事評価制度を活用した、現場でのメンバー育成のリアリティ 〜サービスマネジャーの実践インタビューから探る〜
変化の時代に適応すべく、近年多くの企業が、人事評価制度や目標管理制度を含めたパフォーマンス・マネジメントの変革に取り組んでいます。その変革の多くは、旧来の管理志向の強い制度や仕組みから脱却し、働く一人ひとりの主体性や創造性、協働を高めることを目指したものであるように思われます。
福島県の地域に根ざすカーディーラー、福島トヨペット株式会社もそうした企業の1つです。従業員約600名、県内に22店舗を展開する同社は、2017年に新たな人事評価制度として、人財共育プログラム「I Be(あいべ)」を導入しました。「あいべ」とは、会津弁で「一緒に行こう」を意味しています。そしてそこに、「I(私・自ら)」と「Be(ありたい姿である)」という言葉を重ねました。
販売目標などの数字が、上から一方的に与えられる、それまでの目標設定や評価のあり方を革新し、一人ひとりが会社や地域、仲間にどう貢献していきたいか、自分がどう成長していきたいかを上司と共に対話を重ねながら描いていくこと、そして皆で成長を支え合うことを重視した制度です。
新しい制度の導入から約4年。経営、人事、管理職、メンバーが丁寧にコミュニケーションを重ね、制度の理念や実践も少しずつ浸透してきました。現場では、制度活用に対する手応えも感じられ始めています。しかしその一方で、慣れ親しんだ考え方からの移行に苦労している部分もまだあるといえるかもしれません。新たな制度に取り組むときに、こうした揺り戻しが起きることは、多くの企業が経験することではないでしょうか。
そんな中、「I Be(あいべ)」の仕組みをうまく活用しながら、人材育成を効果的に進め、生産性を大きく高めた例も生まれています。ふくしま太平寺店(以下、「太平寺店」)のサービスマネジャーとして働く二瓶史浩さんの取り組みもその1つです。最初はぴんと来なかった「I Be(あいべ)」を、今ではうまくマネジメントに取り入れ、成果につなげています。人事制度は、理念だけではうまくいきません。それぞれの職場において、マネジャーやメンバー一人ひとりが実践し、進化させてはじめて価値につながります。今回、二瓶さんにインタビューをさせていただき、新たな制度をどう受け止め、現場でどのように実践や工夫を重ねていったのか、そこにどんな苦労や喜びがあったのかのストーリーを聞かせていただきました。
本記事では、インタビューの内容を抜粋して紹介し、パフォーマンス・マネジメントの制度や仕組みを変革する上でのリアリティを探求する機会にできればと思います。(聞き手:株式会社ヒューマンバリュー 川口大輔、保坂光子)
サービスマネジャーとしての仕事
― 最初に二瓶さんのお仕事について、簡単に教えていただけますか? ―
私は、福島トヨペットの太平寺店でサービスマネジャーを務めています。前のお店から異動してきて、マネジャーになって丸2年が経過しました。
カーディーラーは、一般的に車を販売する部門と、修理・メンテナンスを行う部門があります。私は現在、後者の修理を行うサービスエンジニアをマネジメントする役割を担っています。今、太平寺店には13名のサービスエンジニアがいて、メンバーの1日の仕事を見たり、設定した売上計画を進める仕事をしています。
― サービスマネジャーの仕事の醍醐味には、どんなものがあるのですか? ―
自分が何か指示するのではなくて、メンバー(エンジニア)のほうから「こうしていきませんか」という声が挙がってくる瞬間は充実感がありますね。「やりたい」という気持ちがあるのがうれしいです。この2年くらい、職場でもいろいろとチャレンジしてきて、メンバーが力をつけてきた手応えも感じますね。
新しい人事評価制度への受け止め 〜腹落ちしない、もやもやからのスタート〜
― 福島トヨペットでは、2017年に新しい人事評価制度である「I Be(あいべ)」が導入されました。 当時はどんなふうに受け止められていましたか?―
当時、自分はマネジャーではなく、評価されるメンバー側だったのですが、なぜ自分がしたい・やりたい取り組みに対して、評価される必要があるのかといったことへのもやもやはありましたね。それまでの人事評価制度については、あまりいい印象はなかったのが本音のところです(笑)。
たとえば、それまでの評価制度においても、5段階の評価が付けられていたのですが、「A評価に決まりました」という形で突然下りてくることもありました。良い評価を付けてもらってうれしい反面、なぜそういう評価になったのかは、今ひとつ、ぴんときていなかったのかもしれません。周りの人たちを見ても、評価結果よりも、何をもって評価されているのかがわからないことへの不平不満などがあったのではないかと思います。
そして、新しい制度の「I Be(あいべ)」が導入されて、「今後はこういうふうに変わります」という説明を丁寧に受けました。ただ、実際にはその通りに進んでいない、もやもやもありましたね。導入初期のころは、資料の提出等に手間を取られて、本来実現したかったはずの共有や対話、主体的な計画づくりが進まずに、スケジュールだけが先走っている感じもありました。それが腹落ちしない理由でもありましたね。
マネジャーへの就任 〜思い切って人事交流にチャレンジしてみる〜
― そんな中、2019年に二瓶さん自身も太平寺店のサービスマネジャーに就任します。そこからは、どんなチャレンジが始まったのですか?―
自分がメンバーだったころ、「マネジャーにこういうふうにしてもらえて、うれしかったな」とか、「こうしてもらえると、もっとよかったな」と感じるところもあったので、自分がマネジャーになるにあたっては、そのときの感じ方を大切にしようと思いました。
そして、いざ臨んでみると、最初はギャップに戸惑うことも多かったです。たとえば、前にいたお店は、会社全体の中でも、仕事の標準レベルやスキルが比較的高い職場だったのですが、そのつもりで新しいお店に行くと、1時間くらいで終わると思っていたエンジニアの業務が2時間かかったりします。もちろんそれは単に良し悪しではなくて、環境要因などさまざまな背景があったと思うのですが…。
しかし、そこを改善しようとして、「あっちの店ではこうやっていたよ」と一方的に押しつけても、「あちらは人数が多いからできる」となってしまいます。そこで、思い切って人事交流にチャレンジしました。前のお店と今のお店で、期間限定でエンジニアを数名ずつ入れ替えて、お互いに気づきをつくろうとしたんです。過去にそうした取り組みはなかったですし、ハードルも高そうに見えたんですが、会社に「こういうことをやりたいんです」と相談してみたら、積極的に後押ししてくれて。
― やってみていかがでしたか?―
やる前は、そうした交流に抵抗があったメンバーもいたようですが、いざやってみると、すべての人にとってプラスの活動になったと感じています。アンケートの結果も良く、それぞれのお店の良いところをお互いにフィードバックし合えたのもよかったですね。標準の考え方も、「今までこれでよかったけど、そうじゃないよね」と自然と変わってきたのも大きかったと思います。
「気づきノート」と「I Be(あいべ)」を組み合わせ、目標設定に踏み込む
― その他には、どんなことに取り組んだのですか?―
福島トヨペットのサービス部門では、以前から「気づきノート」という取り組みを行っていました。これは週に1回エンジニアが気づいたことを書いて、マネジャーと共有するためのノートです。ただ、せっかくの取り組みもそこに書かれていることが、「今日は疲れた」「今週は暑かった」という、あまりためにならなさそうなものも多かった(笑)。
そうした中、新しく目標管理や評価を行うための仕組みとして「I Be(あいべ)」が導入されたので、I Beの取り組みと気づきノートを組み合わせて、一緒にやれたら効果が上がるのではないかと考えました。
― 具体的にはどのように取り組んだのですか?―
まずは、役割や目標の設定を丁寧に行いました。「I Be(あいべ)」では、メンバー自らが目標や自分の役割を主体的に考えることに重きを置いているのですが、目標設定の質には差があります。たとえばメンバーに目標を勝手に考えてもらって、後は面談という形だと、目標が「売上全項目を達成する」というように、一行書いて終わりということもあります。それだと、自分の目標や役割が腑に落ちなくなってしまいます。
そこで、まずマネジャーである自分のほうから、「あなたにはこういう役割を期待しているんですよ、こんなこともできるかもしれませんね」と丁寧にコミュニケーションをしながら、本人がやりたいことを一緒に描いていくようにしました。そして、一番大きく変えたのは、ただ目標を書くだけではなく、何を見たらそれが実現できているかわかるのか、具体的な指標とポイントを書いてもらうようにしたんです。
難しい目標ではなく、こうした簡単なものでもいいんです。
常日頃から、そういう視点を意識することができれば、本当に車をきれいに洗えますし、自分ができたことを実感できます。そのために、毎週気づきノートを使ってコメントのやり取りを行っていきます。こうした取り組みを通して、目標を一度立てたら終わりではなく、毎週I Beに関する取り組みを忘れさせない、意識させるということを一人ひとりとうまくやってこられたことが、今の結果につながっていると思います。
たとえば、「お客様への貢献」という項目では、「洗車はどこの店よりもきれいにして、洗車に関するクレームをゼロにする」という具体的な指標を設定して、「その実現に向けて窓ガラスを全数……、」という取り組みのポイントを明らかにしていきます。
One fits One(一人ひとりに合わせた)のマネジメント
―メンバーと時間をかけて、丁寧に目標を考えていくことがポイントだったのでしょうか?―
そうですね。抜け道はなくて、エンジニアと関わることしかないのかなと思います。たとえば、ある若手メンバーを例に取ると、最初は目標は2つだけでいいよと伝えたんです。3つ4つ挙げても難しいだろうなというのが実感値なんです。そこで、まずは「コミュニケーションをしっかり取れるようになってほしい」というシンプルな期待を伝えました。
その上で、「何をもってコミュニケーションを見るのか」について自分で考えてもらう。報・連・相はちゃんとしようよとか、朝の挨拶をしようよとか、インカムには反応しようよとか、そうしたところを自分で具体的に書いてもらうようにしました。
同じ目標設定でも人によって課題が異なるので、一人ひとりに合わせて変えていく必要があると思うんですよね。
たとえば、コミュニケーションが苦手な人にとっては、人と話すことって苦痛でしかない(笑)。それなのに、欲張ってたくさん要求すると行き詰まってしまいます。最低限やっていくことは何なのかを明らかにして取り組んでもらう、さじ加減が大切かなと。そうすることで、実際にその課題をクリアして、成長していくんですよね。
評価の位置づけを変える〜できたことをどんどん書いてもらい、成長を実感する場へ〜
―期末の振り返りや評価は、どのように行っているのですか?―
「I Be(あいべ)」の仕組みでは、評価を行う前に、メンバー一人ひとりと面談をして振り返りを行っていきます。掲げた目標に対して、成果と途中経過を一緒に振り返るイメージです。私の場合は2〜3回面談をするのですが、最初のメンバーの振り返りでは、「うまくできませんでした」という感じで、できなかったことへのフォーカスが強かったりします。
私の役割は、そこから、
「こういうこともやっていたよね。それをどんどん書こうよ」
というように、できたことを書いてもらえるようにすることです。少しでもプラスなら、マイナスよりいいですよね。数字的な実績も一緒に加えてあげる。そうした価値をどんどん出してもらって、成長を実感してもらうことを大切にしています。
―メンバーや職場には変化はありましたか?―
やり取りを丁寧に続けていくことで、一人ひとりが前向きに、主体的になってきたと思います。実際にメンバーも成長していますし、標準のレベルも上がりました。そうした結果として、サービス部門の生産性も、会社の中でベスト3に入るくらいまで向上させることができました。みんなで喜びを分かち合えるのがうれしいですね。少しずつですが、手応えも感じています。
組織内への広がり 〜マネジャー同士のインフォーマル・コミュニティをつくる〜
―二瓶さん自身、手応えを感じられている「I Be(あいべ)」ですが、今後に向けた課題にはどのようなものがありますか?―
今後は、自店舗以外への広がりを組織的に生み出していくことが、重要だと考えています。たとえば、「I Be(あいべ)」では、マネジャー同士が評価の目線合わせを行ったり、組織を超えた人財育成を行う場として、半期に一度「人財共有ミーティング」を行っています。
ただ、このミーティングの中で、マネジャー全員の目線が合っているかといったら、まだそこまでは至っていないかもしれません。先ほど申し上げたように、目標設定のやり方も、店舗によってばらつきがある状態なので、なかなか目線を合わせるのも難しいのが現状です。
そこを高めていく場として、サービス部門におけるI Be検討チームを、インフォーマルにですが立ち上げました。各エリアのサービスマネジャーと本部、店長の有志が定期的に集まって、お互いの情報を共有したり、良いマネジメントのやり方を学び合っていく中で、全体のレベルを上げたり、制度の腹落ちにつながることに貢献していけたらと思っています。店長・マネジャーが本気になって取り組めば、劇的に変わるんじゃないかな。やはり、私自身も部下から、「二瓶さんがマネジャーでよかったです」と言われると、とてもうれしいんですね。そうした機会を組織全体でも生み出していけるといいなと思っています。
コミュニケーションを通して、成長の土台をつくる
―ここまで取り組みをお聞かせいただきましたが、あらためて今感じる「I Be(あいべ)」の価値とは、どんなところにありますか?―
一言で言うと、視点を広げてコミュニケーションするためのツールですね。「I Be(あいべ)」という取り組みがあるからこそ、気づきノートでメンバーと行ったり来たりのやり取りができたり、半年後、1年後にどうなりたいかを話すことができるのかなと思います。
自動車のディーラーは、とかく今月の売上いくらという数字を追いかけがちになります。それはもちろん大切ですが、目先の売上だけではだめになると実感しています。やはりメンバーの成長があって、我慢して土台をつくっていくことが、安定性や持続可能性につながるのかなと思うんです。今後も、自分としてやっていきたいプランがたくさんあるんですよね(笑)。まだ発表できる段階にはないのですが、少しずつ実践に移していきたいですね。
インタビューを終えて 〜得られた3つのインサイト〜
ここまで、二瓶さんのインタビューを紹介しました。2時間近いインタビューから多くのことを学ばせていただきましたが、最後に、特に気づきとして得られたインサイトを3つの観点から言語化してみます。
(1)特別なことではなく、想いをもって当たり前のことに取り組む
サービスマネジャーとしての二瓶さんの取り組みは、何か特別なことや派手な施策を打ち出したわけではないかもしれません。メンバー一人ひとりと向き合って、丁寧にコミュニケーションを取りながら、毎日の中で、メンバーの主体性の向上や成長を支え続け、それが業績・成果につながったように思います。
しかし実際には、一見すると当たり前に見えることが最も難しいといえます。上述の気づきノートのやり取りなど、かなり時間をかけて行われており、そうした真摯な姿勢に凄みを感じました。
そこには、マネジャーの役割は何なのかを自問しながら、ご自身の仕事を再構成されたこと、そして自分の過去の経験から生まれた目的意識や想いを大切にメンバーと向き合うことといった、マネジャーとしてのBeing(あり方)とDoing(行動)が、実践を通じて重なる様があったのかもしれません。
(2)One fits Oneのマネジメントの実践
2点目は、どんな仕事においてもOne fits Oneのマネジメントを実践していくことの大切さを学ばせていただきました。
サービスエンジニアの仕事というのは、比較的、定形業務も多いように思われます。そうすると、たとえば目標設定シートの書きぶりなども、誰が書いても代わり映えがしなかったり、毎年同じことが書かれているといったことになりがちです。
しかし、二瓶さんに見せていただいた目標設定のシートを見ると、人によって向き合う課題が異なり、その人に合った多様な目標設定がなされていたり、気づきノートを通じて、そうした課題が日々進化していることがうかがえます。
今、パフォーマンス・マネジメント革新の領域では、「『カンパニー・センタード』から『ピープル・センタード』へ」というテーマが挙げられていますが、ピープル・センタードのマネジメントとは、決して難しいものではなく、メンバーをマスでひとくくりに捉えるのではなく、一人ひとりの異なる存在として向き合い、対話を通して成長を支えていく積み重ねの先にあるように感じました。
(3)実践を通じて腑に落ちる
現在、ジョブ型の制度や、評価段階付けを廃止し、対話を重視した制度など、様々な人事制度改革が社会的に広がっているかと思います。
その一方で、新しい人事制度を導入したものの、その意図が十分に伝わらず、思い通りの運用につながらなかったり、前のやり方への揺り戻しが起きたり、結果として大切なポイントが形骸化してしまうといった声もよく聞かれます。
福島トヨペットの二瓶さんも、最初に「I Be(あいべ)」が導入されたときはぴんと来なかったとお話しされていました。しかし、実践を重ねる中で、自分がやりたいマネジメントと新しい制度につながりが生まれてきたことがうかがえます。
二瓶さんのインタビューの中では、「腹落ち」とか「腑に落ちる」といったキーワードがよく聞かれたように思います。この感覚をどう育んでいくかが、新しい制度を導入していく上でのキーといえるかもしれません。
先行して取り組んだ人々の腹落ち感が、マネジャーやメンバー同士のソーシャル・ラーニングを通じて伝播していくようなコミュニケーションのデザインをどうつくっていくかが、揺り戻しの構造を乗り越え、制度を生きたものにしていくためのレバレッジであるように思います。
以上、インタビューから得られたインサイトを共有しました。今回、現場で価値を高めているマネジャーに直接インタビューをさせていただき、深堀りすることで、一社のノウハウだけではなく、普遍的に大切にしていきたいマネジメントや制度導入のパターンが見えてきたように思いました。今後もこうした発見を広く発信し、日本においてピープル・センタードのマネジメントへのシフトに取り組む方々の一歩を後押ししていくことができれば幸いです。