コラム

パフォーマンス・マネジメント革新のプロセスモデル

「VUCAの時代」と言われ、不安定・不確実・複雑、そして曖昧性が加速度的に高まっているいま、経営がいま実現したい組織と社員のあり様は、「働く一人ひとりの意識が社内ではなくカスタマーや外に向かい、垣根を越え、多様で異質な人々との自律的な協働を生み出せるようになること」、「働く一人ひとりの主体性・創造性、そして情熱を解放し、見通しが立たない中でも、ストレッチな挑戦を通して人と組織が成長し、価値を創造し続けられるようになること」というものです。 自社の組織や従業員が上記のようになっていないとしたら、現状のパフォーマンス・マネジメントが効果的に機能していない可能性があります。そうした場合、自社のパフォーマンス・マネジメント革新の検討を試みてください。

フェーズⅠ:共有ビジョン

フェーズⅠは、実現したい状態を描くとともに実態を把握する「共有ビジョン」のフェーズです。

実現したい状態の検討

まず、自社が将来的にどのような状態を実現したいのかを描くことが重要です。パフォーマンス・マネジメントの革新は、生成的な取り組みであり、「実現したい状態」を描き、そこに向かうためのアクションを生成しながら推進するというアプローチです。「実現したい状態」が明確化されていない場合は、実態調査の前に、経営陣とともに「実現したい状態」を描き、共有ビジョンを生み出します。

自社の現状・実態把握

自社のパフォーマンス・マネジメントの実態も同時に調査・測定して把握することが必要です。パフォーマンス・マネジメントの革新は、エビデンス・ベースト(evidence-based:証拠に基づく/科学的根拠のある)で行います。

たとえば、従業員のコラボレーションレベルはどれくらいか、カスタマー・フォーカスはどの程度か、モチベーションやマインドセット(グロース寄りなのかフィックスト寄りなのか)のレベル、組織におけるグロース・マインドセットを阻害している「恐れや不安」の程度、またそれらに強く影響を及ぼすさまざまなプロセス要因を定数化し、測定します。

同時に、構造化されたインタビューを相当数のマネジャーや従業員に実施し、測定した結果が現場でどのように現れているかを照らし合わせて実態を把握します。

以上がフェーズⅠになりますが、「実現したい状態の検討」と「自社の現状・実態把握」を飛ばしたり、曖昧な状態にしたままで、コンセプト検討をすることは絶対に避けたいところです。

パフォーマンス・マネジメントの変革は手段です。同時に、実現したい状態に向けて、一歩一歩取り組みながら生成していく変革アプローチです。

すでに導入した他社をまねたり、参考にするだけで「レイティングの廃止」などを実施すると、ビジネスプロセスを棄損させるなど大きなリスクがそこにはあると考えます。

パフォーマンス・マネジメント革新をすでに実践している企業は、このフェーズⅠに1,2年費やしていたり、早くても3カ月、半年はかけているところがほとんどです。

また、パフォーマンス・マネジメント革新をするかしないかということは保留して、まずじっくりとフェーズⅠに取り組むことが重要と考えます。

なお、私どもヒューマンバリューがサポートさせていただく場合、契約はフェーズ単位で実施します。それはフェーズⅠをやってみないと、その先がわからないからです。

パフォーマンス・マネジメント革新の取り組みプロセス自体も、計画的というよりは生成的な取り組みに他なりません。

フェーズⅡ:デザイン

フェーズⅡは、「全体システムを捉え、レバレッジ・ボトルネックの抽出」と「具体的な生成的変革プロセスのデザイン」になります。

フェーズⅠで、「実現したい状態」と把握した実態とにかい離があった場合、それが企業におけるその他の戦略的課題に比べてプライオリティが高い場合は、フェーズⅡに進みます。(もっとプライオリティの高い戦略課題がある場合には、当然ながらそちらが優先されることでしょう)

全体システムを捉え、レバレッジ・ボトルネックの抽出

フェーズⅠの「実現したい状態」と「現状・実態把握」を基に探求を行います。

その際、重要になるのが、全体システムを捉えることです。組織の現状は、過去からの連続性の中にありますから、いまその状態が生まれた要因が過去にあったりします。それらを把握しないと綺麗ごとの浅薄な解決策を生み出すことになったりします。

また、組織はさまざまな施策やマネジメントプロセスなどの要素が複雑に影響し合っていますから、これらの影響関係をシステム思考によって全体システムとして捉え、描き、レバレッジやボトルネックを見つけていきます。

細かく分解し、個々の課題に対してそれぞれの打ち手(解決策)を導くといった要素還元主義的なアプローチは、施策だらけとなって、パフォーマンス・マネジメントをむしろ悪化させることになります。

またこの全体システムで捉える際には、人事や経営者という立場だけで行うのではなく、現場のマネジャーや従業員と繰り返しダイアログを行うことも重要となります。言語化されていない暗黙の規範や習慣、もしくは思い込みやメンタルモデルは現場とのダイアログを通さないと浮かび上げることは難しく、加えて社内だけで実施する場合もメンタルモデルを顕在化するには困難が伴います。

具体的な生成的変革プロセスのデザイン

レバレッジやボトルネックが抽出されたら、線形の計画的なプロセスではなく、生成的な変革プロセスをデザインします。

その際重要になるのは、長期ビジョンを描き、そこからバックキャスティングをして、短期において現実的に実現したい状態を明確化すること、そして未来の可能性を広げるような「まず自分たちができること」をデザインすることです。

不確実性の高い状況において、パフォーマンス・マネジメント革新を「第1段階はこれをやる。第2段階はこれ、第3段階は・・・」とステップを組むことはできません。着手し、実験し、検証して、次の打ち手を生み出すという生成的なプロセスをデザインします。

その際、現場の推進者であるシニアリーダーの協働が不可欠となります。現場とともにパフォーマンス・マネジメント革新そのものをともにデザインすることが、実施段階での可能性をもたらします。

また、これまでのパフォーマンス・マネジメントで用いてきた言葉(記号)を変えるといったリブランディングも検討します。

たとえば、パフォーマンス・レビューや面談という言葉をこれまで使っていたとしたら、違う言葉にします。同じ記号を用いると、同じマインドセットの反応になることがニューロ・サイエンスでも明らかになっています。

ちなみに、すでにパフォーマンス・マネジメント革新を実践している企業では、上司と部下との面談(話し合い)をチェックイン、タッチポイント、タッチベース、カンバーセーション、コネクトポイントといった記号にリブランディングしています。

フェーズⅢ:プロトタイピング

パフォーマンス・マネジメントの制度そのものを変更しなくても、やれることはいくつもあるかもしれません。また制度を変更する前にやっておきたいこと、やったほうが変更後の適応の可能性を高めるものもあるかもしれません。

フェーズⅢでは、まずそうしたところから実施します。

初期施策の実施(制度変更等を行う前に)

制度から離れたところで実施でき、かつ職場の中の「恐れ」を減らし、フィックスト・マインドセットからグロース・マインドセットへの移行を促進し、コラボレーション(協働性)を高める上で重要な要素となるのが「ソーシャル・キャピタル」です。
ソーシャル・キャピタルとは、社会関係資本と訳され、組織や集団における人と人との間に存在する関係が、信頼関係や協調関係というように「豊かな関係」であればあるほど、未来の可能性が高まることがわかっています。

具体的には、組織の中でお互いを尊重し、信頼し、協力し合う関係性を高めていきます。この関係性が高まると、人々の主体性や開放性が高まり、現状や既存の枠組みにとらわれない、組織としての新しい思考や行動が生まれます。それを振り返り、新たな思考や行動につなげることができます。このサイクル=「成功循環」を生み出す基盤がソーシャル・キャピタルといえます。
そこで、自社におけるこの「ソーシャル・キャピタル」を高める学習機会を提供します。どのような学習機会や学習形態が良いかはフェーズⅡのデザインによりますが、職場やチームといった単位で短い時間を使って、自分たちで「ありたい姿」を話し合い、自職場のソーシャル・キャピタルを測って、皆でそのレポートを見ながら取り組みたいアクションを生み出し、実践するというのを繰り返していくことが効果的です。

また従業員は、フィックスト・マインドセットやグロース・マインドセットという考え方や枠組みも理解していないことと思います。これらを理解するとともに、マインドセットのシフトを図るための学習機会を提供していきます。これも、どのような学習機会や学習形態が良いかは、フェーズⅡのデザインによります。
また既存の人事制度や施策を変更しなくても、運用の仕方を変えたりすることもできるでしょう。こうしたこともフェーズⅢで検討し、社内に展開できます。

パフォーマンス・マネジメント革新における重要な転換が、グロース・マインドセットが高まるような「カンバーセーション」です。このカンバセーション、つまり対話のプロセスを日々のマネジメントに組み込んでいくことを現場に推奨することや、どのような「問いかけ」をすることが効果的かといった事例を共有していくことも、制度の変更をする前に実施できます。
なお、こうした取り組みをあらかじめ進めておくことで、先々パフォーマンス・マネジメントの制度変更を実施することになった場合、その受け止め方がポジティブになったり、グロース・マインドセットで取り組めるようになります。

パイロットグループによる実験・検証

パフォーマンス・マネジメント革新は、ビジネスプロセスに直接的な影響をもたらしますから、ほとんどの導入企業がパイロットグループによる実証実験と検証を行っています。企業規模によって実験・検証のサイズは異なりますが、最初から全社展開というのはほとんどみかけません。

また、パイロットグループの実施先ですが、フェーズⅡやⅢの初期施策をシニアマネジャーと協働していく中で、「うちでチャレンジしたい」という部署やグループ会社が生まれることが望ましいと考えます。新しい挑戦にグロース・マインドセットでチャレンジしてくれるところと協働的に実験することで、全社展開に向けた可能性の芽が育まれます。

なお、エビデンス項目の設定やデータ収集・分析そしてアジャイルな進化といったものも、人事や経営企画だけで進めるのではなく、パイロットグループの人たちとのダイアログを通して進めていきます。

フェーズⅣ:スパイラルアップ

フェーズⅢまでの取り組みで、全社的に展開するなど大規模展開の可能性が広がったら、フェーズⅣに入ります。

フェーズⅢで生み出し、改良を加えた施策をより大きな規模で実施しますが、重要なのはモニタリングを続け、継続改善を回し続ける、つまりスパイラルアップです。

パフォーマンス・マネジメント革新は静的な制度変更・導入ではありません。静的な制度変更の場合は、「定着」を目指すことになるかもしれませんが、パフォーマンス・マネジメント革新は動的な取り組みであり、現場とのダイアログも継続しながら、進化させ続けていきます。

なお、先行してパフォーマンス・マネジメント革新に取り組み、すでに実践されている企業の方々と話をしますと、最終的に課題となるのが「マネジメント力の強化」です。
マネジメント力を高める支援を長い時間をかけて丁寧にやり続けていくことも、パフォーマンス・マネジメント革新には併せて重要となります。

以上が、これまでパフォーマンス・マネジメント革新の研究を通して、私たちヒューマンバリューがデザインしたPMIプロセスモデルです。
もちろん現実適応においては、これを基に自社に適応させてカスタマイズしていくわけですが、大きな流れとして理解いただければと思います

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